2001年、シグエンサで開催されたロマニリョスの製作講習会の模様です。製作家の尾野薫さんによるレポートです。
8月4日から2週間にわたり、ホセ・ルイス・ロマニリョスによるギターの製作講習会が行われました。ヨーロッパ各地はもとより、アメリカ、カナダ、日本などから総勢17名の参加者が集まりました。
場所はマドリッド郊外のシグエンサという12世紀のイスラム時代の古城を中心にした古びた町の、そのはずれの 原野にある修道院を利用したところでした。マドリッドより標高が高く、夏場の避暑地としても知られ、夜には毛布が欲しくなるぐらい涼しくなります。昼間の 直射日光はさすがに強烈ですが、湿度が低い為汗まみれで作業する事はありませんでした。
それぞれに与えられた個室は質素ながら、トイレ、シャワーがあり、食堂で一日三回の食事もあり、広い半地下の作業場には一人一台の作業台が用意されていて、二週間のギター三昧の日々はとても快適なものでした。
講習会はロマニリョスの話で始まり、それに沿った作業をします。
講義は基本的に英語で行われ、英語が不得意な人達のために時々スペイン語で補足してくれます。
講義の後、ロマニリョスと息子のリアンの二人は、みんなの作業台を回り、個々の質問に答えたり、作業を手伝ったりします。時々みんなを集めポイントを説明したり、次の作業の指示をしたりして進んでいきます。表や裏の接ぎ合わせや厚さ決め、棹とヘッド、力木の接着と加工、横板の曲げ、表と横を接着し裏板でふたをする所までいきました。中にはこの講習会が二回目という人や、事前に加工済みの材料を用意している人もいて、弦を張って音を出すところまで出来た人もいました。二週間という短い時間で音が出るところまで作るのはすごい事で、みんなから拍手と歓声があがりました。
これには一日のスケジュールも関係しています。朝食が8時、昼食が1時、夕食が9時、シエスタを取らずに作業をすると一日11時間は作業が出来ます。その気になれば夕食後の10時から12時までも可能です。なにせ夜の9時頃まで明るく、10時過ぎに花火が上がり夜が始まる国ですから。
講義の内容は面白く、興味深いものばかりですが、基本的には普通にスペインで作られていた工法そのものでした。
また、内型と外型を併用したような型や、Vジョイントを圧締するためのジグ等、ロマニリョスのオリジナルな発想や工夫が色々あり、何にこだわってギターを作ってきたのかがよくわかります。
一番の こだわりは表板の選別にあると思います。それは顕微鏡を使用するほど徹底したもので、いい悪いの線引きは明確です。気にする人が多い、シラタやフは気にしません。それはロマニリョスが今まで作ってきたギターを見ればよく分かります。最近は木のいい部分を集める為に4枚矧ぎの板を使用する事もあります。
また アドバイスの中に、色々なシステムをためすより、同じシステムを作り続け、違いを感じる事の方が重要であるといっていました。それは力木の削りかたの違いを、表板を押したり、曲げたりして感じ取る事でもあります。それぞれの表板を手に取り、まだ硬いとか、もう少し削れとかの指示は細かく具体的です。板の弾力を感じ取るのは表板の選別の時も同じで、とても重要な事です。また横裏にローズウッドを使った物が多いのは、いいハカランダが少なく、音も好きでない からのようです。音色の好みからいうとシープレスやメープルの方が気に入っているそうです。
もうひとつ大事にしているのは多分力木のシステムにある気がします。古いロマニリョスのギターは色々なシステムを試していた時代がありますが、今はこのトーレスとハウザー一世の影響を受けたシステムに安定しているようです。また最近、トルナボスを付けたタイプのものを数台作っているそうです。
自主企画に近い今回の様な講習会は初めてとは言え、講習会自体は1984年に始め今までに何回行ったかは記憶に無いほどで、恐らく20回位は開催したそうです。どちらかと言えば秘密にされがちな製作方法を公開してきた目的は、スパニッシュギターの作り方を多くの国の人に知って欲しかったからだそうです。
100年ほど前まではスペインの民族楽器的な存在であったギターは、セゴビアや、イエペス達の活躍で世界に知られる楽器になってきました。特に戦後の経済 や技術の発達と重なり、ラジオ、LP、コンサートなどの力を借り、あまりに急速に普及していったギターの商品としての数は当然追いつく訳は無く、流行り始めたその国々で作られるようになります。俄仕立てのギターは、形だけはギターというレベルの物が多くなるのは致し方ないとしても、いつの間にか色々な国で作られるギターがそれぞれの国で認められるようになります。
気が付けばスパニッシュなギターを作れる人は少なくなり、その音の良し悪しを知る人も減ってきた事に不安を覚えたのがはじまりのようです。確かに今作られているスペイン製のギターでさえモダンな響きが多く、ロマニリョスの音を聴くと何処となく懐かしい響きに感じるのは私だけでしょうか。
もうすぐ70歳になるロマニリョスですが、作業場に来ると色々な国の言葉で声をかけ、みんなのテーブルをまわる姿は精力的で歳を感じさせません。途中3日ほど講習会の卒業生でもあるトビアス・ブラウンが訪れ、後半一週間はゲルハルト・オルディゲスが手伝いに来てくれました。
ヨーロッパでは刃物を研ぐ時に油を使いますが、ドイツでは水を使う事もあるようで、昔は水砥石も取れていたという事をオルディゲスから聞きました。水砥石を使うのは日本だけだと思って いたので少し驚きましたが、彼の口から「なぐら」という専門用語が出てきた時はびっくりしました。
今は通販で日本の道具も砥石も簡単に手に入るそうです。喫煙所を兼ねた出入り口の階段脇は色々な情報が流れますが、受講生が持ってきた自作のギターの音も聴けました。 それはプロ真っ青のすばらしい演奏で世界は広いと実感しました。
気後れせず色々な国の人と親しくなっていった若手製作家の田辺、佐久間氏の今後の成長は楽しみです。
スペイン語に堪能な中野潤氏にはずいぶんお世話になりました。
また今回のスペイン行きを強く勧めてくれた本山氏には感謝しています。
お陰でいい思い出がたくさん出来、充実した楽しい時を持つ事が出来ました。