お預かりしたときの状態と、仕上がりです。おおよそ2ヶ月の作業でした。

① 最初の状態
お預かりしたときの状態です。まず一番ひどいのは裏板で、上から下まで割れが貫通し、力木からも剥がれ、捲くれ上がっています。捲くれた裏板を閉じて確認したところ、木が収縮して、ひどいところでは1ミリほど隙間になっていました。

② 裏板の割れのアップ
少し横から撮った、上の写真のアップです。このギターの裏板厚がわかるほど捲くれ上がっています。

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③ 表の状態
表板は幸いにも裏板ほどひどくなく、駒の下側と指板脇での2箇所、それぞれ0.3~0.5ミリの隙間です。 割れの原因は暖房による乾燥です。季節による乾燥に加え、ほぼ毎日エアコンをかけっぱなしで加湿をせず、ギターケースに入れないで出したままにすることも多かったそうです。2003年製で、なんとか8年近くは割れずに持ちこたえていました。 過剰に乾燥する要因のひとつに床暖房があります。温風の出るエアコンと違って、自覚がないまま、じわじわと乾燥しきってしまうケースが多いようです。

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④ 白木なので
このまますぐに修理に取り掛かると、埋め木が必要になります。乾燥状態で修理してしまえば、次に同等の過酷な環境になっても再度割れる心配はありませんが、白木で埋め木した部分は、木目、接着、塗装、日焼けの具合など、同一にすることは不可能です。オリジナルを保つためにも、修理費用を抑えるためにも、なるべく手を加えずに修理したいので、しばらくお預かりし、加湿して割れの隙間をある程度小さくしてから修理することになりました。

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⑤ まずは加湿
このような穴を開けた袋の中に湿らせたティッシュを入れ、それをサウンドホールから割れ箇所のあたりに2つほど入れておきます。水蒸気を飽和させるイメージで念のためサウンドホールに蓋をして、ギターケースの中にしばらく入れて置きます。埋め木が要らない程度に隙間がなくなることを祈ります。

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⑥ 18日後、駒下割れ接着
2月4日に預かって加湿し、18日経った2月22日に、駒の下側の割れの隙間が0.1ミリ以下になりました。軽く両側から閉めると割れが閉じたので、膠を入れて接着しました。 この時点では、裏板と指板脇の割れにはまだ隙間がありました。

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⑦ 力木周辺に楔をかませる
割れる場所は力木の通っていない所が多い気がします。力木が抵抗して割れを防ぐためです。表板の下側の割れは、放射状力木を一本またいで割れていました。目違いを取りながら軽く上から締め込みたいので、力木の辺りに楔をかませます。

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⑧ 24日後
24日経った2月28日に裏板の隙間が0.1ミリ以下になりました。写真①と比べると大分割れが落ち着いているのが分かります。     マスキングテープは力木の位置を記してあります。割れを閉じると正確な位置が分からなくなるためです。割れを横方向に締めると同時に、後でテープに写した力木の部分を上から楔で圧締します。

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⑨ 24日後のアップ
写真②から比べると割れが大分落ち着いていますが、まだかなり捲くれ上がっているのがわかります。

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⑩ ボディを閉め、接着
割れが長いため、全体的に一度にボディを閉めます。横板を傷つけないように、シェイプに沿った柔らかい杉材でピッタリの型枠を作り、接着です。悩みましたが、いろいろ考慮して今回は膠にしました。ローズウッド系は合成ボンドの方が良い場合もあります。割れの長さ・隙間、力木の有無、目違いの程度、塗膜の性質、仕上げの度合い、後の環境までいろいろ考えます。

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⑪ セラック塗装
微妙に出た目違いを取りながらセラック塗装をして、表板が仕上がりました。セラック塗装の利点のひとつは、部分塗装、つまり上塗り出来ることです。塗装の硬度は楽器によって微妙に違いますが、概ねオリジナル塗装に馴染ませられます。  あと気をつけなくてはならないのは、膠で接着した場合、膠の中の水分が相当量入り込み、割れ箇所が膨れることです。水分が抜けるのに数日はかかるので、微妙に出た目違いもすぐ落とすと後で凹んでしまいます。早く塗装してオーナーの元にお返ししたいですが、気長に待たなくてはなりません。

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⑫ 指板脇
指板脇の接着工程を撮り忘れましたが、一月経っても隙間はほとんど変わりませんでした。他の箇所のように全体的に収縮して割れた場合、加湿でけっこう元の状態近くまで戻りますが、指板の脇や、輪郭近くは戻りにくいです。仕方なく隙間くらいの松材を鉋の刃で調節して作り、埋め木して部分塗装しました。指板の脇ですし、まあまあ上手く出来ました。

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⑬ 裏板の塗装
裏板も微妙に出た目違いをとりながらセラックで上塗りして完了です。黄色味が強いので、あまり研ぎ出さないように注意します。研ぎ出した分くらいは黄色のセラックを上塗りしてから最後にナチュラルのセラックで仕上げです。  このギターのセラック塗装は柔らかい塗膜で、処理が難しいケースです。アルコールを含んだタンポが塗装を必要以上に溶かし、塗り減らすことになる恐れがありました。タンポの塗料を調節したり、オイルを使ったりして慎重に仕上げていきます。

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⑭ 完成
仕上がりです。割れた箇所がほとんど分からなくなりました。割れの接着までほぼ一ヶ月。塗装工程で2週間。オリジナルの塗装が柔らかいので、塗装の乾燥、受け渡しまでさらに2週間。おおよそ2ヶ月の工程でした。

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写真は撮りませんでしたが、他にフレットのバリ取りもしています。ギターが乾燥した場合、表板・裏板が割れる前に必ずフレットが指板脇から飛び出してきます。逆にそれがバロメーターになるので、乾燥期には弾く前にフレットの出加減を手や目で確認しましょう。多少出ていても慌てることはありません。加湿すればいずれは元に戻ります。 フレットが相当出ている場合はギターケースに入れ、ギター本体に触れない位置に加湿材を入れることをお薦めしますが、対症療法でしかないので、ギターを置いておく部屋の環境、暖房の種類、加湿器の設置等、対応策を考え、大事なギターを末長く弾けるよう守ってください。