アントニオ・ラジャ・パルド 1995年製が入荷しました。

[製作家情報]                                   
アントニオ・ラジャ・パルド Antonio Raya Pardo(1950~2022) スペイン、アンダルシア州 ウエルバに生まれる。14歳の時にグラナダに移り、最初は織工として働きますが、当時グラナダでギター製作を志す若者たちにとってメンター的存在だったエドゥアルド・フェレール(1905~1988 ※叔父は無名時代のアンドレス・セゴビアにギターを与え、グラナダ派の祖と言われるベニート・フェレール)の孫娘ピラール・フェレールとの結婚を機に、短期間ですが弟子入りし、ギター製作の道に入ります。その後ホセ・ロペス・ベジード(1943~ ※マヌエル・ベジードの弟でエドゥアルド・フェレールの義理の息子でもある)にやはり短期間製作を学んだ後、1973年に自らの工房を開きます。トーレス、ビセンテ・アリアスからサントス・エルナンデスへと至るスペインの歴史的製作家の楽器を研究しながら、ほとんど独学でギター造りを会得しますが、フェレール以後同地の最大の精神的支柱であり世界的名工のアントニオ・マリン・モンテロ(1933~)からの助言は彼にとってやはりとりわけかけがえのないものであったようです。

1980年代以降は国際的な活動も積極的に行い、1987年にはグラナダの製作家たちによる組織の設立に携わり、地域のギター製作文化の発展に貢献。1988年には日本や中国で展示会を開催し、日本やニューヨークでセミナーを行ったほか、メキシコのパラチョでも製作指導を行うなど、グラナダのギター製作を世界へ紹介しました。また、海外からグラナダを訪れた若い製作家たちにも惜しみなく知識と技術を伝え、後進の育成にも大きな役割を果たしました。

グラナダ派の友好的なコミュニケーションの中で育まれ、じっくりと時間をかけて熟成されていったかのような彼のギターは、音響、外観、造作全てにおいて円満に現在のグラナダ派のギターを体現しており、耳に素直に馴染んでゆくかのような優しく力強い音色は多くのギターファンに愛されてきました。工房は途中から息子のアントニオ・ラジャ・フェレール(1980~)が加わり、それぞれが自身のラベルで精力的に製作を続けていましたが、パルドは2022年、ブランド開設50周年を迎える1年前に72歳で惜しまれつつこの世を去ります。

[楽器情報]
アントニオ・ラジャ・パルド 1995年製作 No.79 トーレスモデル Usedです。巧まざるして、というよりもほとんど体質的に1980年代以降のグラナダ派のスタンダードを体現してきたともいえる、なんとも親密な味わいの楽器を作り続けた製作家の、そのキャリアの中期の佳品です。彼が継続的に製作し続けたトーレスタイプは実際にどのオリジナルトーレスに準拠したのかは不明ですが、特にやや小振りなボディシェイプとヘッドデザインに顕著に特徴が現れているほかは内部構造など全てパルド自身のオリジナルとなっています。

グラナダ派の製作家はほぼすべてのギターをセラック塗装で仕上げており、木の質感がそこから浮き上がってくるような薄いフィニッシュのものがほとんどで、これがこのスクール特徴のあの明るく乾いた響きとも深く関係しています。パルドも同様ですが、彼の塗装はその質感に特にアンティーク家具のような独特の風合いがあり、これは年月を経たものでは飴色の艶を増しなんとも味わい深い外観になります。と同時に音色もどこかしっとりと落ち着いたニュアンスがあり、その人間的な親密さはこのブランド独特のものとなっています。

製作から30年以上を経た本器は非常に丁寧に弾き込まれており、経年考慮するととてもきれいな状態を保っており、上記のような特性が楽器の表面に現れた艶やかな外観、そして「トーレス」モデルならではの落ち着いた気品がまずは魅力的な1本となっています。外観のデザイン以外はオリジナル設計となるだけに、音のほうはトーレスというよりもしっかりとパルド的な特徴を持っています。撥弦には十分に粘りと反発感があり、そこから濃密で艶やかな音像が現れ、しっかりとした重力を感じさせつつ同時にうねりを生み出してドライブしてゆく感覚。音には親密さと抒情があり、この自然に語るような感覚がなんともパルドらしい。音響設計的には図式的に解釈するとアントニオ・マリン/ブーシェ 的音響のパルド的再構成ともいえるもので、これはこの楽器の次に述べる構造とも深く関わるところとなっています。

表面板の力木配置は、サウンドホール上側(ネック側)に大小2本のハーモニックバー、ただし小さいほうのバーは横板に接しておらず、補強板的な用途とも言えます。ホール下側(ブリッジ側)も1本のハーモニックバーを設置し、ホール周りには同心円状にロゼッタの範囲を覆うように薄い補強板が貼られています。表面板下部は左右対称5本の扇状力木に、駒板位置(さらに厳密にいうとストリングブロックの位置)にほぼ横幅いっぱいに渡って貼られた薄い補強板という全体の配置。各部の位置関係はアントニオ・マリンのブーシェモデルとの密接なつながりを指摘することができるものですが、ここで特徴的なのはマリンの「ブーシェ」において駒板(サドル)位置に設置されているのはハーモニックバーと同じくらいの強固のバーですが、パルドはここでそれをほぼ完全に設置範囲を同じくして、1mmに満たない薄い補強板に替えて設置しています。ブーシェの構造において音はあの異様な重力と濃密さを生み出しますが、パルドはここでその「重力」にわずかに慎ましく軽さと明るさを付与することに成功しています。レゾナンスはG#の少し上に設定されています。

割れや改造などの大きな修理履歴はありません。表面板の指板両脇からサウンドホール周りにかけての弾きキズ、駒板下部分に弦交換時のキズなど細かなものが若干あるのみで、横裏板は衣服等による細かな摩擦あとがわずかとなっており、全体に30年を経過した楽器としてはとてもきれいな状態です。ネックも極めて良好、フレットは1~3フレットでほんのわずかに摩耗見られますが演奏性には全く影響ありません。弦長は646mm、ネックシェイプは普通の厚みのDシェイプですがコーナーがしっかりとあるのでグリップの感覚はやや太めに感じるかもしれません。弦高値は3.0/4.0mm(1弦/6弦 12フレット、サドル余剰は1.0~2.0mm)、ナットには高さ調整のため現在下敷きが設置されています。糸巻はスペインのブランドFustero 製を装着、現状で使用上の問題はありません。ボディ重量は1.57㎏。