ギターの作り方は色々あり、細かく見れば製作者でそれぞれ違います。一世、二世と受け継がれていくものや、改良されていくこともあります。個人的な好みですが1960年代位までの楽器にいいものが多くある気がします。
これは30以上年弾き込まれたからいい音色になった、という理由ばかりではないと思います。半世紀ほど前までは、膠やセラックが普通に使われ、機械も手道具の延長位のものでした。しかし戦後の近代化は、ギターの作り方にも変化をあたえ、新しい接着剤や塗料、効率のいい機械に、新素材まで色々出てきました。この作り方の変化は音色にも影響を与えます。
スペインの制作家達は、自分の仕事に誇りを持ち、頑固で、今でも伝統を守り続けている人がいます。より早く、より正確に、より綺麗に作るのは、ギター作りにとって大事な事ですが、今は昔ながらの作り方に興味があります。

● 口輪の製作

写真1~11は口輪の制作です。出来上がった口輪を埋め込む方法もありますが、ここでは中央のブロックと両縁の飾り板を同時に埋めていきます。この工法だとブロックと飾り板の組合わせによって、何種類ものデザインが出来ます。ですから口輪は1種類ではなく、毎回のように変えています。写真4枚目までは、herring bone(鰊の骨)という矢羽柄を作るための基本作業で、トーレス、フレタ、ハウザーなど数多くの制作家が色々なパターンでデザインしています。

● 棹の製作

写真12~16は棹の製作です。
棹は一本棹(スペイン式)で、横板を棹に差し込んでから、表板、裏板を付けて太鼓にします。先に太鼓を作り、後から蟻ほぞで棹を付けるのをドイツ式と言います。
写真はありませんが、糸倉の加工もしておきます。

● 表板のはぎ 横板の曲げ 裏板補強材接着

● 表板
写真17は表板のはぎです。表板、裏板は一般的に二枚の板をはぎ、左右の木目が同じになるようにします。一冊の本の真ん中のページを開いたような木の使い方を、book matchといいます。

● 横板
写真18は横板の曲げです。横板もbook matchですから左右の板で曲げる方向が違ってきます。
木によっては左右で曲げやすさに差があり、手で曲げると正確に左右同じ形にならないものがあります。古い楽器を遠くから見ると左右対称でないものが多く見られます。

● 裏板
写真19、20は裏板の補強材の接着です。圧締方法は、これ以外にもクランプを使ったり、ねじの力を利用した方法もあります。表板の力木も同じ方法で圧締します。

● ぺネオスの接着 裏板の力木の成形 

写真21、22、23はペオネスの接着です。ペオネスはかなり古くから使用され形も色々あります。ライニングという細長い板を先に横板に接着してから表板を付ける方法もあります。

写真24は裏板の力木の成形です。豆鉋やペーパーで仕上げておきます。

● 裏板の接着、横板の成形

写真25~30が裏板の接着です。写真31は横板の成形です。スクレーパーを使用します。

25は裏板の膨らみに合わせて横板を削ったところです。膨らみは三次元ですから接着面に微妙な角度を付けます。

28は接着の直前で、膠の塗布面が長く、紐掛けによる圧締方法ですから、部屋を充分に暖め、手早く作業をしなければなりません。

● 縁巻きの接着 棹の成形

写真32~36は縁巻きの接着です。
正面から見て一番外側にあるのがバインディングといい、横板にかかります。その内側の飾り板をパーフリングといい、色違いに何本か入れます。両方で2~4本になりますが(パーフリングの数が 多い時は、2本を接着して1本にしておきます)同時に接着します。

棹の成形では先に指板を接着します。

● 駒の成形と接着

写真39~43は駒の成形と接着です。
駒の接着位置はフレットをきざんだ理論値よりも2ミリ程長めにします。またサドルの溝を駒に対し少し斜めにして、6弦の弦長を少し長めにします。
古いギターではサドルの溝が平行なものが多いですが、駒を斜めに接着してあるものもあります。
一般に古いギターは音程が悪いのが多いですが、ガット弦の精度を考えるとフレッチングの誤差もしかたがない時代だったのかもしれません。厳密には今でも難しく、弦を押さえる力や、弦高、弦の太さ、硬さ等のばらつきを補正出来ません。

● ヘッド成形 フレット打ち

写真44はヘッドの成形です。キズがつかない様に、塗装の直前に仕上げます。
写真45はフレット打ちです。指板接着の膠の水分が抜けるまで、なるべく時間を置いてから打ちます。また指板の 硬さや、厚みによって棹の強さが違うため、フレットを打つ前の指板が真っすぐとは限りません。

● 仕上げ、塗装

写真46、47は塗装です。全体を仕上げてから塗装します。
46は打ち粉による目止めです。Pomez en polvoと いう石の粉を布で包んだものを打ち付けながら、タンポで擦り、導管を埋めていきます。目止めは時間がたつと痩せて きますから、気長に塗ります。

● 終わりに

昔、指し物の道に進んだ友人から、『同じような物ばかり作っていて、飽きないの?』と言われた事があります。確かに、人から見ればそう見えるかも知れません。木には不思議な魅力があり、木工作業にも楽しみがあります。色々な デザインの箱や家具を作るのも楽しい事ですが、箱に弦を張れば、音が出て、音楽が生まれるという、ギターには、もう一つの世界があります。

一台のギターを弾く時、出てくる音色の特徴を聞きます。これは多数のギターを弾き比べることで、少しずつわかってきます。そして、そのギターが新しいなら、弾き込みでどんな音色になっていくか想像します。また、そのギターが 充分弾き込まれている時は、出来上がったばかりの時の音を想像します。
本当はどうなったのか、どうだったのか、確認するのは難しいですが、想像するのは大事な事だと思っています。個人的にはもうひとつ大事だと思っている事があります。そ れはギターを、弦、ナット、サドル、糸巻きをはずした状態で叩き、ギターそのものの振動を感じる事です。叩くことをタッピングと言います。
親指の腹を使ったり、ドアをノックするようにして叩きます。タッピングの音で、高い、低い、硬い、軟らかい、立ち上がりの速さ、伝わりの速さなどを聞き、どのくらい軟らかいのか、どんなふうに軟らかいのかを感じます。色々なギターをタッピングすると、そのギターの振動の特徴が判ってきます。
構造や重さ等の、他の 要素も参考にして、振動の特徴と音色の特徴を結びつけます。これはかなり曖昧なもので、板の振動から実際の音色の細部までは判りません。でも、ある程度イメージが繋がります。

表板の選別の時にも、ねじったり、曲げたり、タッピングしたりします。この時も、出来上がったギターの振動との繋がりをイメージします。構造、工法を同じに作っても、出来上がりの振動が違うのは、材料の振動の違いに起因する可能性があります。何台も同じように作り続けると、ある程度イメージが繋がります。また似たような材料で、力木のシステムだけ変えて作ってみて、出来上がりの振動に差があれば、それがシステムの特徴になります。同様に、板厚や、力木の削り、塗装、工法などの影響をイメージしていきます。これらは、同じ材料が二枚とない事や、正確に同じ寸法には作れませんから、はっきり答えが出ない、曖昧なイメージの積み重ねでしかありません。しかし音作りの手掛かりは、この振動の中にあります。

楽器の善し悪しは、最終的に演奏家が判断する事だと思います。スペインでは、制作家と演奏家が深く結びついてい て、よい演奏家のアドバイスがあります。
名器を作る製作者の影には、いつもいい演奏家がいます。これは独り善がりな楽器を作らないためにも必要な事だと思います。制作家が演奏家の求める音色に近づけようとするとき、具体的にどこをどう変えるか決めなければなりませんが、イメージがないと手も足も出ません。
ギター作りの楽しみは、振動の変化を感じながら、もつれたイメージを解きほぐし、試行錯誤をくりかえし、求めた音色に近づけていくところにもあります。