伝統工法(尾野薫、田邊雅啓、禰寝碧海、栗山大輔、清水優一)×KEBONY
2020年7月 1本のギターが完成しました。
6人の製作家がその技術と感性の限りを尽くしつくり上げた、とても美しいギターです。
アイデンティティを確立している製作家たちがそれぞれの個性を十全に活かしながらの共同作業。
個性というものがとかく閉鎖的になりがちな世界にあって、それが意外なまでの軽やかさで実現してしまったのは、彼らがお互いの仕事への敬意と、良い楽器を作るという理想(伝統)への確信を共有していたからなのでしょう。
その「軽やかに」という彼らの身振りとともに、それによって完成したギターの未聞の音色は、この製作の発案と作業とがひとつの奇跡のようなものだと思わせずにはおれないものでした。
このギターには新開発の木材「KEBONY MAPLE」をその横裏材として使用しています。
ギター材として使われてきたハカランダその他の木材の需要と供給バランスがすっかりあやういものとなり、楽器製作家たちは新しい材の探求を余儀なくされました。自然のままの良材の入手が困難な現在、代替というネガティブな概念ではなく、同時に新しい音色を体現しうるものとして、最新技術によるエコノミックな、そしてエコロジックな観点からも我々が注目したのが「KEBONY」でした。
とはいえ本当に使えるのだろうか、そのような不安を抱えながらも木材を入手し、今回のプロジェクトの中心人物とも言える尾野薫に見せました。
「なんとかできそうだ」
そして、尾野は、ある提案をしました。
「僕だけじゃなく全員で作ってみたらどうだろう」。
そう最初は、「みんなで作る」ことなど誰一人考えもしていなかったのです。
このギターの発案は昨年秋。今年に入り楽器も形になってゆくなか、2020年の春にコロナウィルス危機が巻き起こります。
世界中の人たちがお互いに近づくことをやめて閉じこもる異様な状況が続いた数か月の間も、6人の製作家たちは、その力を結集し互いに情報交換しながら製作を進めてゆきました。
そして7月、最後の細かな部分の調整や手直しを経てついに完成。
全員のラベルが貼られたこのギターには、人と人との協調によって現在の困難を乗り越えていってくれたら、という彼らの願いもまた込められています。
<仕様>
TOP:スプルース
SIDE&BACK:KEBONY MAPLE
弦長:650mm
塗装:セラック
糸巻き:
監修:禰寝孝次郎
製作:尾野薫、田邊雅啓、禰寝碧海、栗山大輔、清水優一
*KEBONYとは?
1980~90年代にカナダ NEW BRUNSWICK大学の MARK H.SCHNEIDER博士により発明された技術で、1997年にノルウェーで設立された同名のブランドでKEBONY材の作成と流通を開始。
ソフトウッドをハードウッドに変える革新的な、未来を変える技術として現在世界的に注目されています。
トウモロコシ由来のフリルアルコールを高音高圧浸透させることで、木材は新たな性質を備え生まれ変わります。
木材は茶褐色化、比重が高まり、寸法が安定し、硬化すると同時に耐腐朽性が飛躍的に向上します。
針葉樹を広葉樹に変えるこの技術は、世界の注目を浴びました。
KEBONY化した木材は、耐久性が非常に高く、その恒常性の高さからメンテナンスさえ必要なくなります。
またその生成の全工程において有毒有害な物質は一切使用せず、人間にも自然にも優しいオーガニックな木材としても高い評価を集めています。
KEBONY材を使用してのクラシックギター製作は今回が世界初の試みと言えるでしょう。
演奏:林祥太郎