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3.アントニオ・マリン・モンテロ

A:「アントニオ・マリンは最近とても人気がありますね。理由はどの辺にありますか?」

B:「上品な音色を持ちながら、音が出しやすいし、ネックがとても弾きやすいです。世界の一流品にしては価格も手ごろですし、材料が厳選されていて、工作精度も素晴らしい上に、音量があって、しかも気品があります。」

C:「弦幅はむしろ広い方なんですが、ネックの削り方なんでしょうね、弾きやすい。日本人の手に合うのかもしれません。」

B:「最近はアウラオリジナルモデルの影響か、弦幅、指板幅も小振りなものを製作するようになってきました。海外でも同様に人気があります。たいへん評価が高いですね。」

A:「彼はグラナダの製作家の頂点に立つ棟梁といった感じですよね。」

B:「彼は人柄も立派で、スペインだけでなく、ドイツから何人も彼を慕ってグラナダへ来て勉強してますよ。ドイツ人村みたいになっている。もっとも、先輩で外国からグラナダへやって来たベルンド・マルティンをはじめ、ルネ・バースルラグ、ジョナサン・ヒンベスはもう既に外国人とは言えない程で、楽器の評価も上がってきています。」

C:「マリンは、もともとすぐれた製作家だったのですが、今の人気は、やはりブーシェとの出会い以降でしょうね。」

D:「そのときマリンにブーシェを引き合わせたのは日本人だそうですね。どういう方なのですか?」

B:「その出会いがなければマリンのブーシェモデルは存在しなかったかもしれません。その方は発明家で、当時グラナダに居を構え、故マヌエル・カーノとの親交をもっていました。彼は、大コレクターだったカーノの所有する楽器と、パリに在住していたころに知り合ったブーシェの楽器に共通するものを感じ、その他の楽器との違いを痛感していました。そしてマリンの才能を見抜いた彼は、ブーシェに引き会わせようと思い立ったのです。マリンはブーシェの作品を初めてみたとき、自分の作品は工芸品であるのに対し、ブーシェの作品は芸術品だったと回想しています。とてもショックを受けたようです。優れた製作家との出会いを無意識に求めていた彼は、今でもブーシェへの深い敬愛の情とその発明家の方への感謝の念を事ある毎に語っています。」

A:「マリンはブーシェの弟子だという話を聞いたことがありますが、そうではないのですか」

B:「いわゆる弟子ではないですね。ブーシェと会ったとき、彼はすでに一流の製作家でしたし、製作技法上の師弟関係というより、ブーシェが持つアイデア、人生観を楽器の上でどう実現するかという共同作業をしたようです。」

C:「マリンのブーシェモデルは、単にブーシェの模倣ではなくて、マリン独自の音になっていますね。」

D:「ブーシェのくすんだ太さを残しながら、しなやかで抜けの良い、べたつかない音です。艶っぽいところはあまりないけど、品がありますね。バランスも良いし、どこをとっても優等生。分離の良い爽やかな 高音に魅力のある楽器ですね。」

C:「現代のコンサートギターのうちで最もすぐれたひとつだと思います。近くでもステージでもパワーがあります。マリンのパワーは、最近のギターによく見られる無機的な鳴り方ではなくて、ギターの味わいが感じられる点で素晴らしいです。」

A:「マリンのアウラ・オリジナルモデルは設計も違うのですか?」

B:「違います。設計だけでなく、材料、口輪モザイク、ラベル、ヘッドデザイン等全てが異なります。1990年頃、人の良い彼が注文を断りきれずオーバーワークで自分の思ったこと全てを楽器に反映させるだけの時間的余裕が無いとこぼしていたので、価格や納期にこだわらず自分の思ったように作ってもらえれば、それをオリジナルモデルとして扱っていきたいと申し出たところ快諾してもらえたのです。結果出来て来たのが現在のオリジナルモデルです。概観は所謂ブーシェモデルよりずっとブーシェを意識したデザインとなっています。伝統工法に拘りながら、少しずつ独自の世界を作っていこうと毎回内部設計に小さな改良を加えており、独自の世界の構築に成功している楽器だと思います。しかもこのオリジナルモデルでは、過去10年近く当たり外れといった予想を裏切る楽器は約30数本の楽器の中で1本も無かったと言えます。彼の意識の高さのなせる技ではないでしょうか。」


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