私はギター製作家として工房を立ち上げてから30年になります。ギターを作り始めたのは1986年ですが、当時は名器に触れる機会やまたその情報を得ることが非常に難しく、またスウェーデン国内では製作を学ぶことのできる教育機関も満足するものがほとんどないような時代でした。そして当時はまだ私の子供が小さかったため留学することも現実的ではありませんでしたが、製作への情熱は消えることなく、1991年に製作家として独立することを決心したのです。

インターネットが普及する前の時代であったため、製作に関する技術はいくつか出版されていた専門書から得ましたが、問題は、それらの本からではクラシックギターが本来あるべき音響特性に関して一切の知識を得ることが出来なかった点です。
1990年初頭、私は幸いにもカーディフ大学のバーナード・リチャードソン博士と知己を得、ギターの音響に関する彼の膨大な研究論文に触れる機会を得ました。この論文をもとに、私自身のギター、また修理依頼のため私の工房に送られてくるいくつもの異なるギターを使い、音響についての調査と研究を独自に進めてゆきました。

家庭用のコンピューターの性能が飛躍的に向上する中、科学的アプローチを使いギターの音響に関して視覚化する試みを始めました。ボディ内部で一体何が起こっているのか、どのように響き、どの音とどの音が打ち消しあい、もしくは相乗効果を起こすのかを視覚的に確認することが出来ました。
しかし、これは、ギターの音響に関しての全てではないということを理解することがとても重要です。あくまで、音に関して客観的に理解することに役立つだけで、答えではないのです。

その答えを提供してくれるのは演奏者です。機械では決して答えを出すことの出来ない、「良いギターとは何か」という根源的な問いに、よき弾き手による優れた演奏は雄弁に答えてくれます。幸いにも私の工房には多くのプロギタリスト、愛好家、そして初心者の方たちが訪れました。彼らからのフィードバックを得たことが、私の製作にとってとても大きな意味を持ったと言えるでしょう。

独学で製作を続けたため、自由な発想を維持できた点では幸運とも言えますが、それは同時に多くの時間を必要としました。
ギター製作には、様々な木工技術を身に着けなければなりません。しかし、それは真の課題ではなく、最も重要なことは、ギターという楽器の音響を理解すること、全体としての音響にどのように各部分が影響を与えるか、また製作者がそれをコントロールする方法を学ぶことが真の課題なのです。

また、自分自身の理想とする音を、公共性をもった主観の中で培養していかなければなりません。
これは、非常に時間の掛かる作業で、木工技術に限らず、科学的、精神的な向上を怠ることなく日々続けることが必要になってきます。

造形という点でクラシックギターという形を製作する方法は、たくさんあることも事実です。
演奏法においても様々なスタイルがあり、また、人それぞれ趣向があるため「ひとつの回答」を出すことは、正しい方向性とは言えない側面もあります。
ただ、これまでの経験で優れたギターとは、多様な可能性を秘め、また、そこには高い次元でのクラフトマンシップを必要とする ということは言えるかもしれません。

私の製作スタイルは、スペインの伝統的な製作法に準拠しています。

アントニオ・デ・トーレス、マヌエル・ラミレス、サントス・エルナンデス、エルナンデス・イ・アグアド、イグナシオ・フレタ、ダニエル・フレドリッシュ

彼らの作品から多くのことを学び、伝統的な音色のギターを製作していますが、試行錯誤の結果得られた知見を元に、部分部分調整と修正を施したオリジナルなブレーシングを採用しています。

私の製作するモデルは全てセラック塗装による仕上げが施されています。
塗装前に駒板を表面板に接着し、弦を張って1~2か月間をかけてじっくり調整を施します。
そしてギターが十分に安定したことを確認し、塗装をします。

良い音について語ることは非常に難しい作業です。
あくまで私自身の言葉になりますが、ギタリストの表現をより自由にさせるようなダイナミズムと発音の反応性、そして特にポリフォニックな楽曲において明確に各音、各声部の輪郭を際立たせる
ことが出来るような音色(温かみを感じさせる低音、そして鐘の音のようにクリアな高音)であり、それはもちろん奏者のタッチによっても左右されるのですが、そのような音響と音色を目指しています。

私はこれまで、スウェーデン国内でのみ製作と販売を続けてきました。
世界的なギタリストのGöran Söllscherと、Per-Olov Kindgrenは、コンサート用として私のギターを使っていますが、国内で多くのプロギタリストが私のギターを使い演奏してくれているので、これまで国外の需要にお応えしたことがありません。

今回日本の皆様が、私のギターをどのように感じ、評価してくれるかとても興味があります。

是非一度、その手に取って試奏していただければと思います。
そして、日本のギタリスト、愛好家の一助になれば幸いであると考えています。

そして、おおくのフィードバックを頂けることを期待しています。

ペール・ハルグレン

2021年5月13日

イェラン・セルシェル Göran Söllscher  (使用楽器:ペール・ハルグレン)

演奏:栗田和樹