尾野薫によるこの一連のエッセイは以前、年に二回のペースで配信したDM≪アウラ通信≫の連載記事として発表したものをまとめたものです。
セラック タンポ塗り
現在ギターに使われている塗料には、ポリウレタン、ラッカー、セラック等があります。
なかでもセラック(天然樹脂)は昔から使用されている伝統的な塗料で、名器といわれるギターの多くはセラックタンポ塗りで塗装されています。
塗膜自体の性能としてはポリウレタンが一番硬く、耐水、耐摩耗性もすぐれています。 セラックは耐水、耐熱性が低く、扱いが悪いと白化したり、光沢が失われてしまいます。またキズもつきやすく、かなりデリケートな塗料といえます。それでもギターの音にとっては極めて相性が良いので、今日まで使われ続けています。
よく木は呼吸していると言われます。それは湿度の変化によって、水分の排出、吸収を繰り返しているからです。
それに伴って木自体も伸縮します。伸縮の度合いは木目の方向によって異なりますが、ギターの松の表板の場合、柾目の幅方向で1~2ミリ位と考えられます。
板目や硬木(裏、横板)ではその倍ぐらいですが、木材の長さ方向には殆ど伸縮しません。
乾燥が不十分な木材を使用した場合はもっと動きます。ギターはその歪みを、ふくらんだり、へこんだりしながら、何とか割れずに耐えています。塗装は湿度の急激な変化を防ぐためにも必要なのです。
しかし硬い合成樹脂塗料の塗膜は、時間の経過によって酸化重合が進み、柔軟性を保っている可塑剤が消耗すると、板の動きについていけずクラッキング(ひび割れ)が出てきます。
ポリウレタン、ラッカーにクラッキングが出やすいのはこれが原因です。特に厚塗りすると顕著に現れます。たとえセラックでも厚塗りは好ましくありません。
セラックの塗装方法にはハケ、スプレー、タンポの3種類があります。
タンポとは、かなきん(木綿布)で綿を包みテルテル坊主のような形にしたものです。
そのタンポにアルコールで溶かしたセラックを染み込ませギターに直接すり込みます。タンポは止めずに一筆書きのように動かします。
止めたり、同じ所をこすりすぎると下の塗膜を剥がしてしまいます。
塗膜はきわめて薄く、ひとハケで得られる塗膜の厚みはタンポでは数十回通さなければなりません。
タンポ仕上げの良否は、タンポを押さえる力の入れ方と移動の速度との調整によって決まります。
ハンドワークの技術として熟練を必要とし、また仕上げまでかなりの日数を要します。
セラックタンポ塗りは、薄い塗膜を塗り重ねながら塗面の凹凸を少なくしていく作業を続ける事です。
それは光沢を失ったり、細かなキズがついた塗膜も塗り重ねによってもとの状態に戻せると言う事です。
本来楽器は修理しながら使っていくもので、特にバイオリン、ギター等、木製で直接触れるものは修理が欠かせません。
塗り重ねが可能なセラックは修理をするにも理想的な塗料なのです。
トーレス、サントス、アグアドなどのセラックタンポ塗りの技術は今も引き継がれています。
その多くはスペインの製作者でマリン、ロペス、ロマニリョスなどです。彼らは合成樹脂塗料を使おうとしません。
たとえ効率が悪くとも、時間をかけたセラックタンポ塗りがギターの音色にとって最適だからです。
スペインの伝統的なギターは、これからも昔ながらのセラックタンポ塗りで作り続けられる事でしょう。
セラック 性質と歴史
天然樹脂を揮発性溶剤に溶かしたものを揮発性ワニス、また乾性油を使ったものは油性ワニスと言います。
揮発性ワニスの中でも溶剤にアルコールを用いたものを酒精ワニスと言います。天然樹脂にはロジン、コーパルゴム、ダンマーゴム、セラック等、多数あります。
バイオリンの世界では酒精ワニス、油性ワニス両方使われ、昔の名器がどちらで塗られていたかで問題になるようです。
ギターは酒精ワニスの中のセラックワニス(セラックニス)を使います。スペインではゴマラカと言います。
もともと日本では漆が唯一の塗料で天然樹脂の多くは輸入に頼っていました。
そのため名称はわりといいかげんでセラックもラック、シゲラック等、職人達の俗語を含め多数あります。
もともと種類の多いワニスの名称は複雑で、古い楽器に関する塗装の本などかなり頭を悩まされます。
セラックとはインドを主産地とするラックカイガラ虫が植物に寄生して分泌した軟質淡黄色の樹脂質を採集、精製したものです。
精製によって種類がありますが、よく使われるものにオレンジ、レモン、ブリーチなどがあります。
オレンジとは名のごとくオレンジ色に茶色を少し混ぜたような色で、一番濃い色をしています。
また不純物も多く、アルコールで溶解して数日置いておくと沈殿物が出ます。それを数回濾過してから使います。きれいに濾過するには、充分沈殿させ上澄みを静かに注ぎます。
乱暴に扱うと沈殿物を舞い上げてしまい濾紙がすぐ目づまりしてしまいます。昔アルコールで溶かしたセラックを一升瓶に入れ、裏庭の土の中に数週間埋めておいたという話を聞いた事があります。
セラックのうちレモンと呼ばれるものは、ややうすい茶色で不純物はオレンジより少ないもののやはり濾過して使います。
ブリーチは一番薄い色で、日本の白ラックに似ています。上質のものは不純物が殆どなく濾過する必要はあまりありません。
ブリーチの中にルナというのがありますが、まさに月の色のような淡い黄色です。
通常それらのセラックニスを混ぜて好みの色を作りますが、場合によって着色したり、安定剤を入れたりして使用します。
日本では大正時代スーパーワニスやセラックニスが主流でしたが、昭和初期ラッカーが輸入され、その性能のよさから急速に普及しました。
タンポ塗りの技術はラッカーの最終仕上げとしても発達し、もみずり、まわしずりとも言われ高級家具の仕上げとして欠かせないものでした。
その後、石油化学工業の発達と共に新しい塗料が開発され、スプレーの普及、進歩などにより合成樹脂塗料の全盛時代となります。
スプレー塗装はスプレーガンの送り速度、塗料濃度、室温などが数値化され、工業化、均一化されて行きます。
もともと工業材料として不向きな木材も、ベニヤ、パーチクルボードなどの均一な材料となっていきます。
セラックタンポ塗りは指先の感覚に一番近い塗装方法で、塗料の乾き具合や塗り加減など敏感に感じられます。
それを数値化、工業化するのは難しく、今やセラックタンポ塗りは過去のものとなり、一部の楽器制作者に使われているだけかもしれません。
心臓に一番近い所から音が出る楽器と言われるギターは、それぞれ個性ある材料から作られ、たとえ名人が作ったギターでも、出来上がりに差が出るのは避けられません。
使い手は、製作者の名前に左右される事なく、自分の耳を信じ、作り手は指先の感覚を頼りにします。それらの感覚を数値化するのは更に難しく思われます。
メンテナンス
セラック塗装のギターに限らず、人間にとって過ごしやすい気候は楽器にとっても同じで、トラブルが発生するのは、冬か夏(梅雨)に集中するようです。
ぶつけたり、落としたりは不注意ですが、割れや白化はちょっとした気配りで未然に防ぐことができます。
トラブルの多くは湿度と熱が原因です。
冬に気をつけることは、乾燥による割れです。
割れは突然起きるように思われがちですが、その前にいろいろなSOSを発しています。
たとえば表板や裏板のふくらみは少なくなり、中には平らになってしまうものもあります。
また指板は乾燥すると幅方向に収縮しますが、フレットは収縮しません。
そのためフレットがとび出てしまいます。また棹が逆反りの方向に動きます。
指板の収縮が大きいと、表板と指板を接着している(12フレットより高音)部分の隅が割れることがありますが、これは表板と指板の収縮率が違うためです。
これらの乾燥による収縮は十分乾燥させた材料を使ったとしても、ある程度起きてしまいます。
しかも最近のエアコンによる暖房は異常に乾燥します。正常に作られたギターでも長時間置かれれば割れかねません。
またほかの暖房器具でも、直接あたるところは避け、ギターが暖かくなってくることのないようにします。
SOSに気がついたら、乾燥しすぎを改善し、非常手段として補湿チューブをギターケースに一緒に入れます。
その場 合、水がたれない程度に絞り、決して塗膜に触れないように注意が必要です。冬の寒い日外から急に暖かい部屋に入り、ケースからギターを出すと温度差によって結露することがあります。
気がつかないと塗膜をいためてしまいます。その場合、急いで落ち着くまで何回もふき取るしかありません。
夏に注意するのは汗です。汗をかいている状態でセラックのギターを抱えると塗膜が白くなることがあります。ギターに触れる部分にクロスなどを当てておくと安心です。とくに腕など、肌が直接触れないように注意が必要です。
夏、汗をかいている状態でセラックのギターを抱えると、塗膜が白くなることがあります。
白くなった部分は、しばらくすると自然に消えていくことがありますが、いつまでも白濁が消えず気になるようでしたら、塗り重ねで元の状態に戻せます。
また、直射日光に当てるとかなり熱くなるので、当てないように注意が必要です。
車のトランクに長時間入れておくのも温度が上がり、危険です。梅雨などの湿度の多い日が続くようなときは乾燥剤をケースに入れておきます。
ギターは1年を通じて湿度の影響を受け、膨らんだり、凹んだりを繰り返しています。
表板より裏板、柾目より板目、ローズよりハカランダの方がより変化します。
調弦するとき、表板と裏板の膨らみの確認を習慣づけると、異常な膨らみも発見できます。気がつけば、力木はがれや割れなどもかなり防げます。
大事なギターだからといってケースに入れっぱなしにして、久しぶりに弾こうとしたら駒が剥がれていた、などということもあります。
ギターは弾き込まれることによって本来の性能を発揮しますが、状態を確認するためにもケースに入れたままはよくありません。
古いギターの多くは、何らかの修理がされています。
キズを恐れてあまり弾かないよりは、時代をつけながら弾き込んだ方がギターにとっても健康的です。
キズをまったく気にしない人もいますが、キズや摩耗で木が見えてしまう前に塗り重ねた方がきれいな修理ができます。
硬い合成樹脂による塗装と比べてセラックの塗膜はクラッキングが起こりにくく、打ちキズによる塗膜の剥がれで白くなることもなく、たまに塗り重ねの修理をしながら弾き込むと、とてもいい時代がつきます。
新しいギターを1年ほど弾き込むと、弦の張力と振動による表板の緊張が安定してきます。
つまり駒の下が膨らみ、ヘッド側が少しへこんだ状態で安定します。また棹も安定してきます。
その時点で弦高調整を必要とすることが多くあります。弾きにくく感じたら弦高を確認してください。
音色
昔ある人に「ギター作りは耳作り」と言われたことがあります。
自分のギターがどういう音を出しているのか、どういう音が良い音なのか気になるところです。
耳作りの為には良いギターの音をたくさん聞いたり、弾いたりするしか方法はなく、それぞれのギターの音の違いを聞き分けることから始まります。音の世界は複雑で奥が深く、わかったようでわからないというのが本当のところのような気がします。その複雑さの原因を考えてみたいと思います。
音を表現する言葉は数が多く曖昧で、しかも人それぞれで少しずつ違い、同じギターに対し、人によって「明るくて、芯がある」とか「甘くて、やわらかい」とか表現が異なることがあります。
それは言語感覚の相違や、音質に関する形容詞の多様性に原因があるのですが、もともと目に見えない音について、言葉でイメージを伝えること自体が大変難しいことかもしれません。
音に関するもうひとつの問題点は、比較の基準が普段使用しているギターとなりがちであるということです。
各自の基準が異なれば評価に差が現れますし、もし銘器を基準とすれば、評価に否定的な表現が多くなるのもしかたありません。
実際、使用しているギターの音質をなるべく客観的に知るには、聞き比べをするのが一番確実で分かりやすい方法といえるでしょう。そして出来れば同じ場所で、同じ条件で行われるのが理想的です。
次に音を聞き分けたり、聞き比べをしたりするとき注意しなければならないのは爪とタッチの問題です。
これは音の立ち上がりに深く関わっており、かなり個人差が伴う問題です。ためしに簡単なスケールを同じギターで数人の人に弾いてもらうとその差ははっきり判ります。
自分にとっていい音を出すギターは、自分の爪とタッチにとっていいギターとも言えます。また、抱えた状態と離れた場所では聞こえに差があり、自分で出す音を離れた場所で聞くことが出来ないというジレンマがあります。
音には大きさ、高さ、音色の三つの要素があります。音波の振幅が大きさ、振動数が高さ、音色は音波の波形で決まります。
また音色は、音の立ち上がり、一定の音量が持続する定常状態、余韻の3段階に分けることができます。しかし、ギターの場合は定常状態と余韻のはっきりした区別はつけられません。
定常状態(定常波)の音色は単純な波形の正弦波を加え合わせて合成することができます。
ただし、正弦波の振動数は互いに整数比になっている必要があります。
たとえば100ヘルツのギターの音があるとすると、その成分は100ヘルツの正弦波の音(基音)と、200ヘルツ(2倍音)、300ヘルツ(3倍音)・・・・、以下整数倍の正弦波に分解出来ます。
音を合成するということは、各正弦波の音量と何倍音まで含ませるかの違いによって音色を作り出すということです。
正弦波そのものの音は音叉のような澄んだ単調な音ですが、倍音を加えることにより豊かな音色へと変化していきます。
この倍音構造は楽器によって色々な特徴があります。
たとえばクラリネットは2、4、6等の偶数倍音が奇数倍音に比べて非常に弱いというはっきりした特徴があります。
一般的には、倍音が多いと鋭い、細い、明るい、のびると言われ、倍音が少ないと鈍い、太い、甘い、芯があるなどと言われる傾向があります。
倍音構造の差によって音色の違いがわかるなら、ギターにおいても良いギターと悪いギターを、倍音の差によって判断できるように思われますが、今のところそこまでの解析は出来ていないようです。
なぜなら、仮に大多数の人が満足する良いギターがあって、その楽器における定常波の倍音構造を分析できたとしても、それは音色を決定づける要素のひとつがわかったに過ぎないからです。
ギターの音色がギター的であるためには、定常波だけでなく、立ち上がりの音色が重要です。立ち上がりの波形には雑音の成分も多く含まれていますので、倍音構造の特徴を見つけるのはとても難しいのです。
倍音
倍音は音色にとって重要な役割をしていますが、ギターを使って実際の倍音を聴くことができます。
まずギターの表面板を自分の方に向け、6弦12フレットあたりを弾いてみてください。弦の動きは白い面(定常波)となって観察できます。
12フレットあたりの幅の広いところを腹といいます。
次にギターを支えている左手の親指を利用して、12フレットのハーモニクスを出してください。
2倍音のミの音が出ます。12フレットあたりの弦の振幅が無いところを節といいます。
腹は6フレットあたりと19フレットあたりにできます。弦長の1/2を節とし、振動数が2倍の、ふたつの波となっているのが見えるはずです。12フレットのハーモニクスは、強制的に節を作ることによって、開放弦を基音とした2倍の振動数を作り出しているのです。
次に7フレットでハーモニクスを出してください。今度は弦長の1/3を節とする、振動数が3倍のシの音が出ます。7フレットと19フレットあたりが節となっているのが見えるはずです。
以下4倍音、5倍音と、弦長を1/4、1/5とする波となって現れますが、目で確認するのはどんどん難しくなります。
今度は静かな所で普通にギターをかかえて6弦の12フレットのハーモニクスの音を聴いて下さい。
何回か音を出して頭の中でその音をイメージしてから6弦の開放弦のミの音を聴いてください。開放弦のミの音の中に12フレットのハーモニクス(2倍音であるオクターブ上のミ)の音が聞こえてくるはずです。
次に7フレットのハーモニクスで3倍音の音を開放弦の中から聞き分けて見てください。
ハーモニクスの音を上手く聞くためには、ほかの弦を消音しておく事と、ハーモニクスの音をハミングなどで合わせないで、音の高さとしてイメージする事が大切です。6弦の4倍音は5Fのハーモニクスで、2オクターブ上のミの音です。
5倍音は4Fのハーモニクスでソ#ですが、弦長を2対3に分ける9F、16Fのハーモニクスでも同じ音が出ます。
6倍音は3Fから指一つ分高音側にずらしたあたりのハーモニクスでシの音です。
7倍音は3Fから指一つ低音側にずらしたあたりのハーモニクスでレの音ですが、弦長を2対5に分ける6Fの少し低音側や、3対4に分ける10Fの少し低音側、15Fの少し低音側でも同じ音が出ます。
8倍音は2Fから指一つ高音側にずらしたあたりのハーモニクスで3オクターブ上のミの音です。
もう少し高次倍音まで聞こえますが共鳴で問題になるのは8倍音位までです。
また、他の弦でも同様ですが高音弦に行くほど、高次倍音になるほどハーモニクスが難しくなります。
これは音そのものに倍音が少なくなるためで、テクニックだけの問題ではありませんが、ハーモニクスを上手く出すためには右手の弾弦の位置に注意します。
例えば8倍音なら、ナットから2Fまでの波が8個つながっていると考えて下さい。
ひとつの波の腹の部分が一番揺れているわけですから、サドル(駒に付いている骨棒)から弾弦位置までの距離は、0から2Fの半分と同じ所が最適です。
節の部分を弾弦しても、本来揺れない部分ですから音にはなりません。
例えば3倍音の7Fのハーモニクスの場合、節は7Fと19Fあたりに出来ますが、19Fの位置で弾弦して7Fのハーモニクスを出してみて下さい。音にならないはずです。
次に同じ位置で開放弦を弾いてみると、さっきは聞こえた3倍音も消えているはずです。消えているのは3倍音だけでなく6、9、12倍音も消えています。
同様に12Fの位置を弾弦すると2、4、6、8倍音が消えてしまいます。
つまり弾弦する位置で音色が変化して行くのは、その位置を節とする倍音が消えることによって、倍音構造が変化していくためです。
1弦の開放、2弦の5F、3弦の9F、4弦の14Fは同じ高さのミの音ですが音色が変化していきます。
それは夫々の弦長にとって弾弦位置の割合が変化していく事が原因ですが、他にも弦の質が異なる等いくつかの要因が考えられます。
音色の変化は倍音構造の差異であり、フレットを押さえる位置によって、また弾弦する位置によって変化していきます。
進行波もどき
弾弦位置と音色に関する重要な関係と思われる事がもう1つあります。これは勉強不足のため確実な資料もなく、まったく個人的なイメージの話と思って下さい。 弦長が50メートル位の棹の長いギターがあるとします。充分しなやかな弦を鋭いタッチで弾いたとしたら、弦はどんな運動をするか想像してみて下さい。たぶん弾いた直後は、ナットあたりには何の変化もなく、まっすぐな弦の上をコブのようになった波がナットに向かって走っていく、波紋のような進行波になると思います。現実のギターでも進行波と似たような運動が考えられますが、弾弦の時の指が弦から離れる前に弦はナットまで反応しています。それは指があたった所を頂点とする三角形になります。頂点は急速に元に戻ろうとして動き、その結果、ナット方向に移動していきます。波はナットで反射され、サドルとの間を高速で往復します。ナット側で出来る頂点の位置は、サドル側で作った頂点の位置と同じになりますが、これも目で確認できます。普通にギターをかまえてから,ギターを向こう側へおじぎをするように寝かせ、6弦だけが見えるようにします。初めは12F(フレット)あたりを弾弦して3Fあたりの弦の稜線を見ます。弾弦する位置を少しずつ駒の方へ移動させると今までスリムだった稜線がだんだん太って来るのがわかります。その太った頂点は弾弦する位置と同じ動きをするはずです。この立ち上がりの音色に深く関わっていると思われる進行波もどきが、どのような高さをもっているのかわかりませんが、かなり高い倍音に関わっている気がしますし、高さも一定ではないようです。また弾弦した時の頂点の鋭さの違いによっても変化します。
弾弦と同時に定常波も生まれていて、やがて進行波もどきは反射により弱くなり、定常波の中に消えていきます。6弦の低音で立ち上がりの時ビリつくのは,ウルフトーンと太った進行波もどきがフレットにぶつかるのが原因で、きわどくビリつく時は12F寄りを弾弦すると消えることがあります。また、あたりの悪いナットやサドルで雑音が出るのも、強烈な進行波が反射する時です。
今度は6弦をめいっぱいゆるめ、音になるかならないかくらいにして、表板を自分の方に向け、色々な位置を弾弦してみて下さい。進行波もどきや2倍音、3倍音を作ろうとしている弦の動きがかすかに見えます。そこには目に見えない音の複雑さそのものが見える気がします。たとえば、弾弦しながら6弦のナットの近くを見ると、弦の収束していくところが見えます。それはナットではなく、少し離れたところを支点としているように見えるはずです。これは弦自体の硬さが原因で、弦が棒のようになり、波の運動に参加していないことによります。駒側も同じで、理論的な弦長より短くなるところを支点としているように見えますが、弦の運動により駒も上下に揺れているため、ナット側より複雑な運動になります。弦の棒状化は倍音でも同じで、節の部分は波になるのを妨げるかのような動きをします。これは音程が上がり気味になるということであり、節の多い高次倍音になればなるほど音程が上がります。
棒状になるといっても、波との境目は曖昧です。そのつもりでもう一度ナットの近くを見て下さい。仮の支点と思われるところは、かなり動いているように見えます。とくに、かなりのスピードでナットとサドルの間を行ったり来たりしている進行波もどきの影響は大きく、進行波もどきが消える前と後でも違ってくるはずです。仮の支点が動くということは、弦長が変化しているわけで、それは音程に幅があることを意味しています。当然、倍音にも幅が出てきます。
進行波もどきの音や、倍音が上がり気味になることや、音に幅があることが、聴覚的にどのような影響があるのかはっきりわかりませんが、これらが複雑に影響し合っていることだけは確かだと思われます。
ギターのはなし半分
セラック・タンポ塗りは、指先の感覚に注意しながら、ひたすら擦り続けます。作業としては単純で、話をしたり、音楽を聴いたりしながらでも出来ます。
頭の中の半分はカラッポで、腕を動かす単調なリズムは、ランナーズハイのような感覚にさせます。
この脳波が変化してきたような時に、色々なアイデアやイメージが浮かぶ事があります。
多くはギター作りに関する事で、刃物の研ぎ方や、道具の使い方、材料の加工、接着や塗装の方法、等など色々です。
ひとつひとつは、ちょっとした工夫であったり、ささやかな発見ですが、物作りの世界にどっぷり浸かっている人間にとっては、大発見であったりします。
すっきり解決したり、納得したりする事は、少し見晴らしがよくなり、物作りの楽しみのひとつです。
この問題と解決の関係は無数にあり、問題意識がある限り終わりがありません。なかには、どうして今まで気が付かなかったと思える事や、解っていた事の間違いに気づくこともあります。問題意識は、より正確に、綺麗に、効率的にという説明可能なものばかりではなく、伝統的な工法や、経験の積み重ねによる勘やイメージという、うまく説明出来ないものもあります。
また、何を問題にするのか、どう解決するのかは、その人の感性で違い、楽器の個性となって表れてくる気がします。
これから書くことは、頭の半分で思いついた、曖昧な感性の、個人的な話ですから、話半分だと思ってください。
思いついた時に、訂正や、追加をしていきたいと思っています。
ギターを始めたばかりの人でも、発表会などで人の演奏を聞くと、好みの演奏者を聞きわけることが出来ます。
音色に関しても興味があれば、漠然とした好みがあります。それは友達や、先生の弾くギターの音色であり、CDから聞こえてくる音色かもしれません。
でも、いざ自分でギターを選ぼうとすると不安になります。耳に残った音色と、同じメーカーのギターでもなんとなく違う様に感じるのは、初心者ばかりでなく、ある程度弾ける人でも感じる不安のようです。
木材で製作されているギターは、工業製品と違い、全く同じ物はありえません。弾きこまれたものと、新品でも差が出てきます。
また、いい音色、いいタッチ、いい演奏は渾然一体となって聞こえてきます。
同じギターでも弾く人が違うと印象が違ってきます。当然、同じギターでも人によって『いいギター』であったり、そうでもなかったりします。ギターは簡単に音が出せるのに、思い通りの音を出そうとすると、とたんに難しくなります。
いいギターを見つけるには、まず、自分に合ったいいタッチを見つける事が必要になります。
ギターの音色を聞き比べるのは難しいもので、漠然と聞いていてはなかなか違いが見つけられません。
『倍音』のところでも説明したように、意識しなければ聞こえてこない部分があるのがわかると思います。
たとえば6弦の開放弦の音の中から、2倍音を聞こうと思えば3倍音や4倍音は聞こえなくなります。
人間の聴覚はわりと曖昧で、普段は聞き流している部分が多くあります。一台のギターを試し弾きするとき、ギターの分離は?倍音は?、共鳴音は?、と自問する必要があります。
音色の個々の部分は意識すれば必ず聞こえてきます。もちろん部分を意識しなくても、普段は全体を一つの音として聞いているわけですから、全体の印象を聞き比べるのが一番ですが、たくさんのギターを、部分を意識しながら聞き比べていけば、そのギターの特徴がつかみやすくなります。
音を聴き比べる時に邪魔になるのは、タッチによる雑音ですが、曲を弾く事ばかりに気をとられてなかなか気がつかない人がいます。多くの場合、爪をきれいに磨く事だけでかなり解決します。
爪は、ときに数百万円もするヴァイオリンの弓のような物で、試しに、一度本気になってピカピカになるまで磨いてみて下さい。
a.m.iの中から1本の指だけ磨いて、親指の爪で磨いた爪先を軽くこすって、ツルリとなっているのを確認してから、磨かなかった指と、どのくらい差があるのか聞いてみて下さい。
爪先のキズをはっきり感じる方法もあります。普通にギターをかまえて、指先を12F辺りに置き、肘を駒の所まで下げます。
爪先の稜線と1弦が直角に交わるように置き、爪先を左右に振り、弦で擦るようにするにします。
キズがあればゴリゴリしてすぐ分かります。普通売られている爪磨き用ペーパーは耐水ペーパーですから、多少の水分があると早く磨けます。
仕上げは2000番以上のペーパーや皮などを利用しますが、多少の油分があると綺麗に磨けます。
ペーパーのまくれや表面のキズを取るために、爪先の外側から丸める様に仕上げます。
爪先の稜線を滑らかでキズひとつないように磨いたら、1弦を弾いて、他の弦は消音しておきます。
聞きたいのは音の立ち上がりの部分ですから、弾いた直後に消音します。他の指と弾き比べて、爪が弦を横切る時の雑音の差(もともと綺麗な爪なら差はありません)が聞こえたら、今度は指先が弦に当たる時の音を聞いて下さい。
弦につけた状態から弾いた音と比べると分かりやすいです。
音を出すときは、なるべく大きい音で弾きます。小さいと、音を聞きわけづらいし、始めに強いタッチを覚えたほうが上達は早いようです。
音を部分的に聞こうと集中すると、i、m、aで音色が違っているのが分かると思います。
aの指だけ音色が違うといって爪の形を変えたり、タッチを変えたりして苦労している人もいます。
原因のひとつは、aとiで弾弦位置が4、5センチ違うからです。特にハイポジションだとこの差は大きく、倍音構成が違ってきます。
手の甲を移動して、同じ位置を弾弦すると確認できます。爪の形を変えたり、弦を横切る時の向きを変えたりして、好みの音を探しますが、雑音の少ないタッチで、音の立ち上がりを注意深く聴くと、タッチで音色が変化していくのが良く分かると思います。
ギターの立ち上がりの音には、弦に当たる音、横切る音が含まれていますが、もう一つ立ち上がりの時に聞こえてくる音があります。
これはギターによっては多少聞き取りにくいかもしれませんが、進行波もどきがサドルで反射する時の打撃音だと思われます。
これは駒をノックしたような音で、駒の近辺が硬ければ『ンコ、ンコ』、柔らかければ『ンゴ、ンゴ』というような音です。
この音は音程感がなく、弦が同じなら、音程を変えても同じ様な音がします。1弦を前と同じ方法で弾いて半音ずつ上げながら、打撃音を探して見て下さい。
弦につけた状態からアポヤンドすると聞きやすいです。それは心臓の鼓動のように聞こえます。
初めて聞いてもグッとくる曲があります。また曲を聞く環境や、繰り返し聞く事で好きになったりすることもあります。
音楽を聞いてグッと感じるのは感性の問題で、人それぞれ違います。聞いた人すべてが、いいと感じる音楽は有り得ないと思います。
ギターの音も人によって好みがあり、その人がグッと感じた楽器が一番合っているはずです。
でも、なぜか自分が弾いている楽器が気に入らなくなることがあるようです。
単純に飽きてしまったと言うことばかりではなく、長年弾き込んで愛着は増すものの、不満も増してくる事があるようです。
好きな音楽でも聞き飽きてしまう事があるように、楽器に対する好みも変化してくるのでしょうか?
音楽を聞いてグッときたり、感動したりする感性は、いつの間にか身につけてしまったもので、なぜ感動したかを説明できないし、意識して変えられない世界のようです。
しかし音色に対する感性は、知識や練習量によって多少変化していく気がします。
自分のタッチが少しずつよくなり、雑音が減ってくれば、音の性質が分かりやすくなってくることは前にも書きましたが、それ以外で変化していく部分があります。
それは、楽器は演奏者にとっての道具だからです。演奏者が表現したい音楽を、そのまま音に出来る楽器がいい楽器だと思うからです。演奏レベルは練習の積み重ねによって上達し、表現に幅や、ゆとりが出てきます。
この演奏レベルの変化は、楽器に求める音色の変化に通じるものがあるようです。
バッハにはこのギター、スペインものにはこのギターと楽器を使い分ける事もあるし、いままであまり気にしないで使っていたギターが、すごくいいギターだと気がつく事もあるようです。
では演奏者は何を楽器に求めるのでしょうか?これはとても難しい問題で、何人もの演奏者に話を聞いても、音のイメージとしてしか伝わらず、求める人の数だけ種類が或るような気がしますが、共通する部分もあります。
これはどんなギターが音楽をうまく伝える事が出来るのか、聞く立場から考えてみると分かりやすいです。
ギター音楽は、音のつながりと積み重ねで出来ています。同時に出る音が、三つ、四つと増えていったとき、積み重なった音のひとつひとつがはっきり聞こえてくると、音楽が伝えようとしている情報が分かりやすくなります。
また広いダイナミックレンジのために、強めのタッチでも音がつぶれない事も必要です。音がつぶれるというのは、弦高が低いためにフレットにあたる雑音とは違います。
特に低音弦はウルフトーンの影響や、元々振幅が大きいため、どこかで弦打ちの雑音が入りやすく、タッチでコントロールする必要があります。
高音弦のハイポジションでも、強く弾いて音がつぶれず、ピントが合った芯のある音が求められる気がします。
大きい音で、よく鳴る楽器でも、分離が悪く音がつぶれてしまっては音楽がうまく伝わりません。
これ以外にも楽器に求めるものは沢山あると思いますが、この二つをクリヤーした楽器の中から、グッと感じたものを選べば、長く付き合えるギターと巡り合えると思います。
年賀状や手紙などを見ていて、時々うまい字に出会うことがあります。
たぶん、それは誰もが納得する「いい字」だと思います。日本の漢字文化に生まれ育った人ならば、特別に書道を習わなくとも、字のうまい、下手に関して、ある程度共通の認識があると思います。
日本のギター文化はまだそれほど深くなく、他の日本的な文化と混じりながら、日本独特の発展をしてきました。
しかし近年、文化の質が変化してきた気がします。それは音色の好みの変化としても感じます。
かつては、音さえ出れば何でもよかった時代から、単音が心地よく出ればよいという具合に変化し、今は音の分離を気にする人が増えています。
これは日本の住宅事情にも関係があり、畳と襖の和室が主流だった時代は、ギターから出る音自体にエコーがかかったものが好まれていましたが、建築が近代化するにつれて室内の音の反射が多くなり、空間も楽器の一部となってきたのです。
ギターソロの場合、単音だけというのは少なく、和音ならコード感のしっかりしたもの、早いアルペジオで音の粒立ちを感じさせるものなど、内声が埋もれない楽器が好まれるようです。
ギターから生まれる音楽を響かせるには、その場の空間も大事な役割を果たしています。
出来上がったばかりのギターは、形としては完成品ですが、楽器としては未完成で、熟成して美味しくなるワインのように、その後の弾き込みが必要です。
弾き込まれることで、弦の振動に敏感に反応し、よく鳴ってきます。特に、初めて弦を張った時は、表板の緊張が大きく変わり、音色は日毎に変化していきます。表板の緊張がおさまるべき所まで変化し始めたわけで、板が暴れる感じは少しずつとれていきます。
弾きこみによって、すぐに鳴り出すのもあれば、10年たっても鳴ってこない楽器もあります。
一般的には表面板が杉の方が早く鳴り、松は時間がかかります。短いサイクルで見ても、弾きはじめと終わりで変わります。充分弾き込まれた楽器でも、30分ほどウォーミングアップしないと本領を発揮しないものもあります。
また小さい音で練習していて弾く時間も少ないと、鳴り出すまでに時間がかかります。
楽器を選ぶとき、今がどのあたりか見極めるのは難しく、その場の環境や、弦の相性なども考えると、正解のない世界かもしれません。
しかし、今はあまり鳴っていなくても、弾き込めばすごくいい音になりそうな楽器や、このままあまり鳴りそうもない楽器、このままいけば鳴りすぎてかえって良さを殺してしまいそうな楽器はある程度わかります。
といっても、絶対なわけではなく、鳴る、鳴らない、鳴りすぎる、の境界線も曖昧ですし、弾き手によっても違ってくるようです。弾き込むにつれて鳴ってくるのは、とても楽しみであり、楽器との関係を親密にします。
特にギターは微妙なタッチの違いにも敏感に反応し、『今日は機嫌が悪い』とか、『ギターを育てる』など、人との付き合いのような表現をよく聞きます。好きになってしまえば『あばたもえくぼ』であったり、ラベルという履歴書でほれ込んでしまったり、弾き手が変われば表情を変え、怪しげな音程で人を魅了する、ギターはとても人間的な楽器だと思います。
何気なく耳にしたギター音楽がとてもいい曲に感じ、後で譜面をさがしだし自分で弾いてみると、同じようにいい曲だと感じない事があります。これは演奏レベルが同じでないからという事だけではなく、聞く音楽と、弾く音楽の違いのような気がします。
ギターを弾くとき、脳は活発に活動し、左右の指先に指令を出しています。
譜面や指先を見る目からの情報を処理し、聞こえてくる音を確認し、暗譜や練習の記憶も呼び出しながら、ギターを淀みなく弾くのは奇跡のように思えます。
これだけの作業をしながら、出来上がった音楽だけを聞き取るのは難しく、人の演奏を聞く時のように聞こえないのも当然かもしれません。
音楽は主に右脳で処理され、数学などの概念的思考は左脳で処理されているようですが、聞く音楽は右脳、弾く音楽は左脳が優位に働いているのかもしれません。
脳の機能はまだ謎だらけで、歌は右脳、話は左脳と、同じ言葉でも偏りがあるようですし、詩の朗読などはどちらで聞いてもおかしくない気がします。
演奏会などで、運指やタッチを気にして聞いている人は左脳も働いていそうですし、音楽評論家が演奏技術を聞き取るためには、右脳だけでは無理なのかもしれません。
もしかすると、音の部分を聞く時は左脳よりで、グッとくる音を感じるのは右脳よりかもしれません。
いずれにしてもギターを選ぶ時には、難しい曲を弾くより、完全に手の内にある、あたかも他人が弾いているような感じで聞ける曲か、単純な音の羅列のほうが分かりやすいです。
昔、オーディオマニアが大勢いて、レコードの再生音をより生音に近づけるために、色々工夫し、熱中していた時代がありました。
高級なアンプやスピーカーはもとより、リスニングルームという音をきくための部屋まで作る人もいました。
再生された音を説明する形容詞は豊富で、違いを聞き分ける耳もあったし、評論家もいた、ひとつの文化でした。
今もまだ続いている文化だと思いますが一時の勢いはありません。
衰退してしまったハッキリした理由は分かりませんが、多分CDの出現によって音質がよくなり、高級なオーディオでなくてもそこそこの音が出せるようになった事が関係している気がします。
これは苦労した分だけ音がよくなるという楽しみを減らしてしまったという事です。
LPからCDへの移り変わりは劇的でしたが、個人的にはウォークマンの出現も衝撃的でした。当時普及していたラジカセよりはるかにクリアーで迫力のある音でした。
これはヘッドホーン特有の頭の中心から音が出るという不自然な現象を普通にする力がありました。
ウォークマン世代にとってはスピーカーの音が物足りなく感じる人もいるようです。
今は音楽の再生に、ミニコンポ、ヘッドホーンなどが使われているようです。
録音の技術も進歩し、デジタル録音されています。音の編集もかなり自由に出来るようになり、その気になれば音痴も簡単に直せます。
ギターの録音の場合残響が必要で、ホールで録音する事も多いようです。
残響が少ないと音がクリアーになり細かいニュアンスが聞き取りやすくなりますが、演奏が冷たい感じになります。
残響が多いと暖かい感じになり音もレガートにつながりますが、音楽が曖昧になります。
適度な残響が一番ですが、最近少し多めになって来た気がします。
これはCDを製作する人がミニコンポを使って再生する人々を想定して作っているからではないかと密かに思っています。
たまにあのCDと同じような音がするギターが欲しいという人がいますが、CDの音はCDの音であって加工されたもので、普通に自分で弾くギターから聞こえてくる音とは違います。
昔に製作されたフラメンコギターは、ウルフトーンの位置も低く乾いた歯切れのいい音がします。
音の出方を、豆を炒る時のような音と表現した演奏家がいましたが、特に低音でその特長を感じます。
しかし今作られているフラメンコギターが、なんとなくアンプがかった、金属的な音がするものが多いのは、フラメンコ音楽そのものが変化してきた事と、CDの音作りも影響しているように思います。
それはCDの音に近いイメージの楽器を求めるユーザーがギターの音色を変えてしまった気がしてならないからです。
ギターの音がアンプがかってきたのはクラシックギターでも多少ありますが、これもCDの影響でしょうか。
音楽はやはり生で聴くのが理想で、CDの音は別の物と思っていた方がいいと思います。
CDと生音の違いと同じような問題がもうひとつあります。それは、演奏者は自分の出した音を離れた位置からはけっして聴く事が出来ないという事です。
似たような爪とタッチを持った人を探し出して、代わりに弾いてもらうのはとても難しい事です。
まして、満員のホールの客席でどんな音で聞こえているかは、想像するしかありません。ホールで演奏を聞くとしても、座る場所や、空席率の違いで印象が変わってきます。
また、音量の小さいギターには、それなりの大きさのホールが必要です。
結局、色々なホールで演奏を聞き、そのギターを普通の部屋で弾いて、イメージを作っていくしかありません。
これは誰もが簡単に出来る事ではないですし、同じギターでもタッチが変われば音のとおりも違ってきます。
良く鳴るいいギターだと思っても、ホールで聞くと、もこもこした音で鮮明に聞こえない事がよくあります。
これは、ホールがノーマルだとすると楽器の音の分離が悪い場合が多いです。
しかも演奏している本人はその音を客席で聞く事が出来ません。ステージの上では、自分が出した直接音とステージに帰ってくる反射音が聞こえますが、ホールによっては反射音がとても少ない所があります。
これは屋外で弾いているのと同じようなもので、普段弾いている時よりも音が小さく聞こえ、演奏しにくくなります。
客席に音が吸い込まれてしまう感じで、つい力が入ってしまう、と聞いた事があります。
ホールでの演奏は、遠くの客席まで聞こえるような、大きな音も必要と言われています。
その為には、強いタッチとそれに答える楽器が必要になります。しかしダイナミックレンジを考えると、弱音がどこまで届くかが重要になります。
昔の楽器に比べると、現代の楽器はウルフトーンの位置が徐々に高くなり、よりパワー感があるものが増えて来たようです。
これは大きなホールで演奏する機会が増えたり、他の楽器に負けない音量をという演奏者の要求があるようです。
音量を増やす為には、強いタッチが必要で、それに答える楽器が必要です。
テンション
同じ質の弦で、同じ弦長で、同じ音程に合わせたら、弦の張力は同じになりますが、ギターには張りが強く感じるのと、そうでないのがあります。
左手が感じる張りは、弦高やフレットの高さを変えると変化します。
右手は弾弦位置を駒よりにすると張りが強く感じるように、ギターのボディーサイズの違いによって、普通にかまえた時の弾弦位置が変わって来る事によります。
しかしそれだけでは説明出来ない差があります。
例えば、作って間もなかったり、長い間使わなかったギターを、しばらく弾いていると張りが強くなる事もあります。
同じギターでも変化していくテンションの問題は難しく、今回も個人的なイメージのはなしです。
ここに10㎏のおもりがあるとします。それを釣り棹で釣り上げた時と、硬い棒で釣り上げた時を想像してください。
それぞれの糸を弾けば、硬い棒の方が張りが強く感じるはずです。また調子の柔らかい棹で、初めの1㎏で大きく曲がり、残りの9㎏であまり曲がらない棹で釣り上げたとしたら、やはり張りが強く感じるはずです。
同じような事がギターでも考えられますが、これをイメージするにはサドルの動きが重要になってきます。
複雑な弦の運動はサドル、駒、表板、胴へと伝わり音となって聞こえてきます。
また音になった直後にはギターの振動が逆の順番で弦に影響をあたえます。
音の入り口であるサドルの動きも複雑ではっきりした事は判りませんが、弦の運動を便宜上、縦と横に分けて考えてみます。
表板と平行の振動を横振動、垂直方向の振動を縦振動とします。
弦の運動から横振動だけ取り出したとして、弦とサドルの接点の動きを想像してみて下さい。
角度が振動の交互で少し変わりますがナット方向に引っ張られたり、緩められたりを繰り返しています。
この接点の動きは駒を回転させる方向に働き、それが表板の上下運動になります。
縦振動も同じですが、振動の方向が表板の上下運動の方向と同じ為、横振動よりも強く表板を動かし、また表板の動きの影響も強く受けます。
サドルの縦振動と横振動の違いが、アルアイレとアポヤンドの音色の差を生み出す原因のひとつです。
アポヤンドの方が縦振動をより多く含んでいますが、縦振動の方が早く表板に吸収され、多分進行波もどきが消えるあたりで横振動の成分の方が多くなります。これも目で確認できますから、6弦を横から見て下さい。
弦の張力は合計で4~50kgもあり、駒は弦を張っただけでかなりの力でナット方向引っ張られ、その力の多くは駒を回転させる方向に働きます。
弦の張力はギター全体で支えていますが、ここでは表板の駒からサウンドホールの間だけを考えます。
この部分は駒が回転しようとする力を、板がしなうようにして支えます。それは先ほどの棹のイメージと重なり、弦の張力による表板の緊張の差が、張りの強さの差となると思います。
両端を支えた棒の中央に重しを乗せると、その部分は沈みます。重しを外すとまた元に戻りますが、乗せたままにしておくと曲がりの癖がついてしまいます。その時点が緊張のおさまり所のような気がします。
また曲がり癖が付いた状態で重しを押したときの揺れは、癖が付く前の揺れより少なくなりますが、これは表板の緊張の変化をイメージさせます。
この緊張はギター全体でおきていて、ある部分はゆとりをもって緊張し、ある部分はめいっぱい緊張しています。これらの部分が重なり合って弦の張りに関わってきます。
サドルを低くすると音色はやわらかくなり、張りは弱くなりますが、それはサドルによって弦がへの字に曲げられている角度が変化するためです。
角度がゆるくなると、進行波もどきの反射は弱くなり、駒を回転させる力も弱くなるのが原因だと思われます。
またスーパーチップやダブルホールなどで音色が変わるのも、弦を巻き上げない止め方によりへの字の角度が変わる事が関係していると思います。
共鳴
ギターはもともと雑音の多い楽器ですが、共鳴も時として気になるものです。チューナーを使って正確に調弦したギターで、4弦の開放弦を親指で弾いてすぐ消音して下さい。
まだどこかの弦で音が残っているはずです。他の弦を一本づつ消音し、どの弦が共鳴しているか見つけて下さい。
弦が見つかったら、その弦の倍音が共鳴しているはずですから、何フレットのハーモニックスかさがして下さい。
それは5弦の4倍音(5FのHar)の音です。共鳴は弦から弦に直接伝わるのではなく、一度表板に伝わってから各弦に伝えられます。
各弦の倍音も、同じ高さのものがあればすべて鳴り始めます。
時には、押さえたフレットとナットの間の弦が共鳴することもあります。同じようにして、1弦の開放弦を弾いてすぐ消音し、共鳴している音をさがして下さい。
今度は二つの音が聞こえますが、5弦の3倍音(7FのHar)と6弦の4倍音(5FのHar)の音です。
1弦を半音づつ、共鳴する音をさがしながら上がっていくと(音程を上げるごとにすべての弦を消音します)、かなり色々な音が聞こえてくるのがわかります。
所々共鳴が聞きづらかったり、ない所もありますが、12Fの共鳴音は6弦の8倍音と、5弦の6倍音です。
12Fで共鳴しないのは、不良弦か、フレット音痴か、駒の位置が悪いのかもしれません。
12Fの実音をチユーナーで確認して下さい。
1弦だけオクターブの音が合わないのは不良弦ですが、すべての弦でオクターブの音が上がっているのは、他の原因です。まれにすべての弦で下がる事もありますし、不良弦が2本、3本という事もあります。
今度は1弦以外の弦を消音した状態で、1弦を半音づつ上がっていくと、1弦そのものの音が聞こえます。
いくつか、音がつまったり、大きく出たりする所があると思いますが、原因の一つはウルフトーンです。
1弦以外の弦を消音した状態で、1弦を半音づつ上がっていくと、1弦そのものの音が聞こえます。
何ヶ所か、音がつまったり、大きく出たりする所があると思いますが、その原因の一つはウルフトーンです。
ウルフトーンはギター自体の音で、胴の形と中の空気量、材料の硬さ、サウンドホールの大きさ等で決まります。
しかしサウンドホールが大きい為、空気量の境目が曖昧になり、ウルフトーンの音は幅をもっています。
そしてその音にも倍音があり、色々な音を含んでいます。ウルフトーンと弾いた音が共鳴すると音の出かたが違ってきます。
ギターのウルフトーンがどの音か知るための簡単な方法は、サウンドホールの中に向かって『ア~』と言いながら音程を変え、ビリビリと共鳴する音をさがします。
そのような音の一番低いものがウルフトーンで、普通ファからラの間にあります。
製作者はウルフトーンをフレットによる音程の間に入れて、強く出ないように作りますが、ウルフトーンに幅があるためどこかに強く出てしまう事があります。これはギターの宿命で、どんなギターでも多かれ少なかれあります。
また、共鳴で困るものに不協和音があります。例えば4弦のミの音を弾いてすぐ半音上がったファを弾くと、音が濁ります。ファだけ弾いた時と比べるとその差がはっきりわかります。
これはミの音を弾いた時点で、6弦の2倍音が鳴り出し、その音とファの音が重なるからです(1.2.5弦でも少し共鳴音が出ます)。
同じ和音でも、1弦の開放、2弦のド、3弦のラ、の和音を弾いてすぐ消音してみて下さい。
残りの4.5.6弦すべて共鳴しているのがわかります。今度は4.5.6弦を右手の親指で消音しながら弾いてみて下さい。
和音を連続して弾き比べると、かなり印象が違って聞こえると思います。
これらの関係は曲の中でも時々あり、気になる所は共鳴で鳴り出した弦も消音しなければな りません。
反対に音をレガートにつなげたい時は、共鳴弦をうまく使う事も可能です。
また聞こえて来るギターの音色の中で、音の弱い、立ち上がりのはっきりしない共鳴音は遠くまで届かないため、遠達性を考える時には、弾いた音そのものが問題になってきます。
手道具
西洋と日本の木工具を比べてみると色々面白い違いがあります。
よく言われるように、鋸(のこぎり)と鉋(かんな)は西洋では押して使います。日本でも江戸時代なかごろまでは、鉋を押して使っていました。
それは突鉋(つきがんな)と言われる大陸から渡ってきた道具で、今でも中国などで使われています。
その先をたどればやはり西洋の文化につながっているように思われます。押して使っていた鉋を引いて使うようになった理由は諸説ありますがはっきりわかっていません。
ギター作りに欠かせない木工具にスクレーパーという西洋独特の便利な道具があります。
それは、15センチ×6センチ位の薄い鋼板で、木材にあてて滑らすと鉋で削ったようなクズが出ます。
パフリングの目違いをはらったり、板厚の微調整などで大活躍します。
もう少し具体的に説明すると、スクレーパーの長辺の部分の角(二個所あります)を直角に研ぎ、刃付け棒で刃を付けます。
一枚のスクレーパーで四つの刃が出来ます。それを軽くしなわせ,押したり、引いたりして使います。
役割としては日本の台鉋に似ていますが、スクレーパーのいいところは二次曲面でも、三次曲面でも自由に削れる事です。
それと切れなくなったら、また刃付け棒で刃が付けられる事です。三~四回は刃が付けられるので、一回研ぐとかなり使えます。ただし表板のような柔らかい木の削りあとは鉋で削ったほどきれいにはなりません。
もうひとつ西洋の木工具で優れているものに木ヤスリがあります。
よく使うものに半丸の鬼目がありますが、三角形で鬼の角のような刃がついたヤスリで、使い方によってはV字の深い溝がつきます。
おもに棹の成形で使いますが、日本人なら小刀や、南京鉋を使うような所をバリバリ削り取ります。
日本では木ヤスリを使う習慣はあまりありませんが、西洋ではよく使われ、家具や木彫などで思いもよらない所をヤスリがけします。そのせいか木ヤスリは西洋の物の方がよく切れます。
日本は木造住宅という個性的な文化を持っていたため、針葉樹を白木のままよく使っていました。
針葉樹を鉋がけして艶を出すのは難しく、職人の腕の見せ所です。しかも白木仕上げですからその差は一目瞭然です。
そのため刃物にもうるさく、自然と切れる道具が発達してきました。
しかしそれも戦後の高度成長と反比例して急激に姿を消して行きました。鉋の基本は一枚刃ですが、いま一枚刃の鉋を使いこなせる職人はあまりいません。
いつの間にか二枚刃が主流になってしまいました。大工さんでさえあまり鉋を使わないのが現状ですから仕方がない事かもしれません。
鋸はもうほぼ全滅と言っていいかもしれません。
今鋸と言えば替え刃式の事で『鋸の目立てって何』と言う職人がそろそろ出てきたそうです。当然刃物を作る鍛冶屋も激減してしまいました。
長く続いた手道具(刃物)の歴史は昭和に入って頂点に達します。
それは良質な鋼が輸入され始めた事や、廃刀令以後日本刀の鍛冶屋が道具鍛冶になり、腕のいい専門職が増えてきた事などによります。
また科学の発達により、カンやコツと言われていたものが解明され組織検査も出来るようになりました。
そのあたりまでは、鍛冶と科学はいい関係にあったのですが、その後の近代化の勢いはあまりにも急激でした。
それは量産化、均一化する事で進み、たとえば炭素鋼は刃物の鋼としては最高の物ですが、火造りや焼入れが難しく温度をうまくコントロールしないと組織が壊れてしまいます。
そこでタングステン、クロームなどを少し入れた特殊鋼が出てきます。これは少々温度を間違えても壊れたりせず、なかには焼入れしなくていいものまであります。
しかし耐熱性はあるものの、硬さに対して粘りが少ないため、いくら丁寧に研いても鋭い刃がつきません。
たしかに平均点は上がり、製品のばらつきは減ったものの、平均点以上のものは決して出来ません。
ノミも鋸も同じように近代化の波に巻き込まれていきました。そして気がついてみると、近代化は手道具を電気道具に変えてしまったのです。
今天然砥石は採掘されていません。
それは需要がなく採算が取れないからで、欲しい人が増えればまた採掘する事は可能です。
しかし炭素鋼のいい刃物が欲しいと思っても、今となってはもう手遅れかもしれません。
自分は近代化された便利な生活にどっぷりつかっていながら、でも、やっぱり、今の手道具の現状は寂しい限りです。
ニカワやセラックは大丈夫だろうか?心配です
ギターの内緒話
ギターの調弦は思ったより複雑で、色々な問題を抱えています。不良弦でなく、サドルの位置も含め、フレッチングが正しいとしても、弦の押さえ方で音程が違ってきます。
また、1F(フレット)からハイポジションに行くにしたがって、弦高が高くなり、弦をフレットに押さえつけるまでの距離が違って来ます。
これは弦を引っ張っているのと同じで、弦高が高くなるほど、音程は上がります。
ナットやフレットの高さなど、他にも音程に関して問題になるところがありますが、いずれにしても、フレッチングで求めた弦長から、計算どおりの音程を得るのは厳密には無理があると思います。
『ギターのはなし』の中でも説明したように、もともとギターの音は、多少上がったり、下がったりして音程にむらがあり、倍音は上がり気味、サスティーンもうわずるように思われます。
これはサスティーンの長い楽器の方が分かりやすいです。調弦がうまく出来ない原因の多くは、不正確なフレッチングにありますが、稀にいつまで調弦しても合った気がしないほど音程が不安定な楽器もあります。
調弦をするためには、2つの音高を同じにすることが基本になります。
同じになったか確認するにはうなりを利用します。うなりは周波数の近い2つの音が干渉して起こる、音量の強弱の事で、周波数が近づけば、うなりの周期は長くなり、同じになればなくなります。
反対に周波数の差が大きくなれば、周期が短くなり、大きすぎると、2つの別の音として聞こえます。
また、一つの音を出してもうなる時があります。それは弾いた音に共鳴して他の弦が鳴ってくる場合です。
ためしに、静かな所で、チューナーを利用して正確に調弦したギターで、5弦を消音して、1弦の開放弦を弾いて、サスティーンを注意深く聞いてみてください。
聞こえてくるのは、弾いたミの音と、6弦の共鳴音ですが、うなりのない、ひとつの音として聞こえてくるはずです。1弦を僅かに緩めて同じように弾くと、うなりが聞こえます。
1弦の音を上げたり、下げたりして、うなりがなくなれば音高が同じになったことになります。
共鳴音が聞き取りにくいときは、先に6弦の5FのHar(ハーモニックス)を鳴らしてから1弦を弾きます。
調弦ではうなりを聞くことが重要です。
正確に調弦したギターで、今度は1弦の4Fのソ#を弾いてサスティーンを聞いてください。
うなりが聞こえてくるはずです。これは6弦の5倍音(4Fのハーモニクス)が共鳴で鳴り出し、その音が14セント低いため、うなるのです。
1セントは12平均律の半音を1/100にした単位で、半音が100セント、全音が200セント、1オクターブが1200セントになります。ギターのフレッチングは平均律に基づいていますが、共鳴で鳴り出した音は、その弦が持っている倍音で、純正調(純正律)の音程です。
純正調の音程は基音の周波数から、3/2、4/3などの、整数の比率で求めた音律で、1オクターブ(2/1)で周波数が2倍になります。同じ1オクターブを均等な比率で12に分割したのが12平均律です。
共鳴音は音高が近ければ鳴り出します。
呼び出す音は平均律の音程でも、共鳴音はその共鳴弦の倍音です。
3倍音、5倍音などの自然倍音は純正ですから、平均律の音程と少しずれて、うなりが出てくる事があります。
7倍音も平均律より低い音程ですが、音程の差が広いためほとんど気になりません。
また、呼び出す音が持っている倍音列も同じで、純正調の音程を含んでいます。
純正調の音程を聞くために、6弦の開放弦の音を、周波数1のドと仮定します。
2倍音(12Fのハーモニクス)は周波数が2倍で、1オクターブ上のドになります。
同様に3倍音(7Fのハーモニクス)、4倍音(5Fのハーモニクス)は周波数が3、4となってきます。
純正調の主要3和音のド、ミ、ソの周波数比は4:5:6ですが、4倍音が2オクターブ上のドで、5倍音がミ、6倍音がソになります。ですからハーモニックスで、5F、4F、3Fと弾くと、純正調のド、ミ、ソの音がきけます。
3オクターブ上のドも8倍音で聞く事が出来ます。これで1本の弦の中から純正調の音階の一部が聞けましたが、今度は和音を聞きます。先程うなりを聞いた1弦の4Fの音を、6弦の5倍音の音まで下げて、うなりが消えるように調弦します。
次に2弦の開放の音を聞いてうなりがあれば6弦の3倍音の音に合わせます。
次に4弦の2Fの音を弾いてうなりがあれば6弦の2倍音に合わせますが、うなりが取り切れない場合は5弦の3倍音を疑って下さい。
何れにしても6弦の音程は触りません。うなりが取れたら6弦の倍音で調弦した3つの音をだして和音を聞いてみて下さい。
とても綺麗に響き合っているのが分かります。試しにタルレガ作曲のラグリマの出だしを弾いてみると、平均律との違いが良く分かります。
うなりを聞く感じがつかめたら、3弦の1Fと6弦を調弦してみて下さい。
1弦の開放弦を6弦に合わせ、4弦の2F、3弦の1F、2弦、1弦と弾くと、ド、ミ、ソ、ドの関係も聞けます。
純正調の協和音が綺麗に聞こえるのは、同じ音高の倍音や、隣り合う倍音の中間の音高で重なる倍音などがいくつもあるためで、多い程、協和性が高くなります。もっとも多いのがオクターブの関係で、低い音の基音以外はすべて同じになります。
この振動数が2倍になる周波数幅をどのように割り振るかによって、色々な音階が作れます。インドには22に分割した音階があるそうです。
今の日本では平均律が普通ですが、これは現代の西洋音楽の体系で、その始まりはピタゴラス音律です。
これは基本となる音高の純正五度(ド~ソ)の音程を求め、その音から再び純正五度の音程を求める作業を、繰り返して作られた音程です。
純正五度は、開放弦と7Fのハーモニクスの3倍音の関係でもあります(オクターブ+五度)。
ギターの調弦の時、5Fと7Fのハーモニクスだけを使って調弦した開放弦は、ピタゴラス音律の音程になります。
6弦、5弦の開放を鳴らして完全四度で調弦するのも、6弦の4倍音と5弦の3倍音を聞いている訳ですから同じになります。
ピタゴラス音律の欠点としては、純正五度を作る作業を12回繰り返して、元の音に戻ってきたとき、24セント高くなってしまう事や、三度の音程が協和しない点があります。たとえば、開放弦をピタゴラス音律で合わせた2弦と3弦の開放弦の音は長三度(ド~ミ)の関係ですが、振動数の比が81/64(408セント)になり、音が濁ります。
純正調の完全長三度の比は5/4(386セント)ですから22セントも差がでます。
中世までの教会音楽や世俗歌曲などで使われていたピタゴラス音律では、3度が不協和音程として扱われていました。
音楽が複雑になり、より和声的になるにしたがって、純正3度が使われるようになります。
ピタゴラス音律の22セントの差をどのように少なくしていくかという問題の、ひとつの答えであった純正調ですが、3度や5度の音程はよくなったものの、レから始めた五度(レ~ラ)の音程が協和しなくなります。
これは全音に、大全音(9/8)と、小全音(10/9)という2種類が出来てしまった事によります。
これで移調や転調をすると、音階が違ったものになります。これらの問題を解決するためには、協和の音程を変えて、不協和の音程のところへ分配します。
この分配のしかたは数多くありますが、2、3、4、5、などの数の少ない整数比で求めた音程を、許容範囲の中でずらしていかなければなりません。
16世紀あたりにうまれた純正調は、分配のしかたによって、中全音律や、不等分律など多種多様な調律法に変わっていきます。3度や5度などをなるべく純正に近くしながら、できるだけ多くの調性に対応しようとしたわけです。
バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は当時のドイツで考えられた不等分律のひとつで弾かれ、12平均律で調律したわけではありません。12平均律は19世紀中頃に入ってから、ピアノの普及と共に、ピアノの調律法として世界に広まっていきます。
すべての半音が均一になった音階は、すべての調性で同じになり、12音技法などの新しい作曲法を生み出しました。
しかし12平均律はオクターブ以外のすべての音程で完全に協和するものがありません。
純正調と比べ、5度の音程は2セント下がるだけですが、ミの音は14セントも高くなり長三度はかなり濁ります。
これはピタゴラス音律が抱えていた問題が、再び生まれたことになります。音程を求める振動数の比率が整数から無理数に変わっただけで、かなり似ています。
調律の違いによって同じ曲でも印象が違ってきます。和音が多い曲の場合、純正調の響きは綺麗ですが、それ故、物足りなく感じる事もあります。
どの調律がいいのかは、聞く人の音楽経験の差でも違ってきます。調律の歴史や仕組みは複雑で、難しく、数学や哲学も関係し、とても奥が深い世界です。
ギターの調弦の場合、フレッチングが正しければ、フレットを押さえた実音を使って調弦するほうが正確です。ハーモニクスは二つの音を鳴らしながら調弦出来るため、よく使われますが注意が必要です。
開放弦にとって、7Fのハーモニクスは、オクターブ上の5度で、平均律より2セント高くなります。
たとえば、7Fのハーモニクスを利用して、5弦から調弦をする場合、6弦の5Fのハーモニクスと合わせ、うなりがないと思える状態から、6弦をわずかに下げます。
1弦も同様です。5弦の5Fのハーモニクスと4弦の7Fのハーモニクスを合わせる時は、うなりのない状態から、4弦をわずかに上げます。3弦を同じようにして調弦し、6弦の7Fのハーモニクスと2弦を合わせ、2弦を少し下げます。
これで2弦の開放と3弦の4Fや、いくつかのオクターブが合えば、調弦出来たことになります。
いくつかのオクターブで調弦を確認している時や、演奏中に共鳴して出てくる4F、7Fのハーモニクスの音はうなっていて当然なのです。7Fのハーモニクスと、どの程度音程をずらすのかは、楽器によって違います。
ピアノの調律では、一度うなりを消してから僅かに音程をずらし、うなりの数をかぞえるそうです。
厳密には、上ずり気味の倍音やサスティーンの問題や、調律曲線の事も考慮しなければなりませんが、少なくとも7F、4Fのハーモニクスの音とは同じにはなりません。調律曲線とはピアノの調律方法で、高い音は理論値よりも少しずつ高くし、低音は反対に少しずつ下げて調弦する方が自然に聞こえるという、経験則を数値化したグラフのことですが,ギターは、6本の弦の調弦だけですから、応用するには無理がある気がします。
ギターの場合1本の弦からいくつもの音程を作らなければならないので、どうしても複雑になってしまいます。
確実な方法は、開放弦をチューナーで合わせ、色々な音程でうなりを聞き、その楽器の癖を覚えておくしかありません。
フレッチングがあやしい時は、各弦の3Fや5Fをチューナーで合わせます。どうしても曖昧になってしまう調弦ですが、しかし、ゆれや、ゆらぎはギターの音色の魅力のひとつです。曲の途中の気になる協和の関係も、押さえた弦を引き上げることで多少よくなる場合もあるし、どうしても目立つところは、その音程のために多少調律を変えることも可能です。それは、不等分律がそうであったように、許容範囲内の話ですが。
ギターの音は持続することが苦手で、特に高音は減衰が早く、譜面どおりの音の長さを維持出来ないことがあります。
また、押さえて弾いた音は、離した瞬間に消えてしまい、レガートに音を繋げるには、素早い指使いが要求されます。
こんなとき共鳴音に助けられる事があります。共鳴音の数には限りがあり、時としてうなりを伴ったりしますが、弾いた音を豊かにし、ホールの残響のような心地好さがあります。
ここではこの感じをホール感としておきます。このホール感はギターの魅力の一つだと思います。
しかし共鳴音は弾いてない音で、譜面には無い音です。譜面どおりという事で言えば、音符の長さで音を切る消音はとても重要です。意識しなくても、前の音と同じ弦を弾くことや、アポヤンドで寄りかかることで消音出来る事がありますが、アルペジオなど、物理的に消音が無理な場合が多くあります。
特に低音の開放弦の音は長く残りますが、消音にばかり気を取られていると、音楽がなめらかに流れなくなります。
基本的に、ギターは音を次々に重ねていく楽器で、偶然消音するか、意識して消音した音以外は、自然に減衰して、次の音の中に埋もれていきます。
どの音を意識して消音するかは、演奏者の力量しだいで、高度なテクニックが要求されます。減衰していく音もホールの残響に近いからと、消音を無視するわけにはいきません。
このホール感はギターがギターである為の重要な要素であり、特徴でもあります。
しかし、お風呂場の鼻歌のような心地好さも、多すぎると耳障りになってきます。
演奏レベルが上がり、音数が増え、曲が複雑になると、内声や低音の動きが気になってきます。
そうなると、共鳴で鳴り出した音や、消音しきれなかった音が邪魔になってくる事があります。
例えば、Emのコードを、親指で6弦からⅠ弦に向かってアルペジオをすると、六つの音が出るはずです。
ところが、実際はもっと多くの音が聞こえます。
ためしにコードを押さえたまま、6弦だけを弾いて、その音を消音してみて下さい。共鳴音が聞こえるはずです。
同様に5弦、4弦と共鳴音を聞いていくとかなり数が多い事が分かります。高音弦へアルペジオをすることにより、共鳴弦を消音していく事になりますが、最後に聞こえて来る音のかたまりは、六つよりも多いはずです。
音が濁っているのは、平均律の宿命ですが、共鳴音が純正調の音であることも関係しています。
曲の途中で、弾いた音をすぐ消音し、共鳴音をさがすと、たくさん見つかるはずです。
この共鳴音の多少は、共鳴弦が持っている倍音に関係してきます。低い倍音が少ない程共鳴音は少なくなります。
これは弦が古くなるにつれて音色が変わっていく事の原因のひとつでもあります。そしてもう一つの要因は、弾いた音と共鳴した音の二つの音程がずれると、共鳴音が少なくなる事です。
ですから、音程の悪い楽器や、調弦によっても、多くなったり少なくなったりします。
倍音はホール感に関係していますが、音の分離にも関係してきます。分離がいいと言うのは、四つの音を弾いたら、四つの音がしっかり聞こえるという事です。
先程のEmのコードを弾いて、その音のかたまりの中から、六つの音を聞き取ってみて下さい。
次に3弦のソを半音上げた、Eのコードで弾いて、Emと響きの違いを聞いて下さい。
ひとつの音を半音上げただけで、響きが明るくなるのがわかります。
分離のいい楽器は、ひとつの音の違いも聞き取りやすく、響きの変化は、色が変わるように鮮明になります。
また、埋もれがちな内声がはっきり聞こえると、音楽が立体的になります。
分離の善し悪しを知るには、色々なギターを、内声を意識しながら、聞き比べる事が必要です。
分離のいい音は、音の立ち上がりがはっきりしています。
前の音が響いている中から、次の音を立ち上げるわけですから、共鳴音や、消音しきれない音の多少も関係しますが、それよりも大事な事だと思います。
ひとつの音が立ち上がる時、各倍音がほぼ同時に立ち上がりますが、その倍音は自然倍音列であり、純正調の関係です。
各倍音がそれぞれの整数倍にきれいに並んでいる程、まとまりがあり、音の立ち上がりがはっきりし、分離のよさに影響します。音律の話の中で聞いた、純正調の和音の音を思い出してください。
ギターの一音は、音程にむらがあり、倍音にむらがあるわけで、特に立ち上がりの時の、進行波もどきの影響は大きいと思います。
しかし、一つの音の中で、平均律の和音のような濁りを少なくし、その音が集まった、平均律の和音が緊張感あるものにするためにも、一つの音の各倍音がより整数倍に近く、各倍音の音程の高低がより少ない事が求められます。
これは、ホールでの、音の遠達性にも関係していると思います。ステージの上での演奏で求められる、普段出さない強いタッチで弾いてもつぶれない音、よくとおるピアニシモの音、音程のはっきりした低音、などの音にも同じ事が求められると思います。他にも、分離のよさに関係していると思われる事が、いくつかありますが、目や耳で確認するのは難しく、うまく説明出来ません。
音の立ち上がりは、楽器にとって重要で、その楽器の殆どすべての情報が詰まっています。
鳴っている、つぶれている、あまい、クリヤー、等など、ギターの音を表す言葉の数だけ、立ち上がり方が違っているはずです。しかし、立ち上がり方の特徴と、聞こえてくる音の関係は良く解かっていません。それは、『ギターのはなし半分』でも触れたように、立ち上がっていく音の中には、弾弦する時の、色々な音が混じっていて、周波数成分をきれいに分析出来ないからです。
ギターの音色の違いを聞き分ける為に、音を色々な部分に分けて聞いてきました。
不思議に、部分や機能に欠点があるのに、ぐっと来るギターがあります。
反対に、どこと言って欠点がないのに、魅力を感じないギターもあります。それは、音の部分をいくら聞き分けても、『いいな~』と感じた事の説明にはならないからです。
大切にしたいのは、『いいな~』と感じた感性です。それは音楽を聞いた時や、頭の中でこう弾きたいとイメージする感性に繋がる気がします。
そして、その感性が求める音色を聞き分ける手掛かりとして、音の部分を聞く事が必要だと思います。それは音色を表す曖昧な形容詞をより具体的にする事であり、演奏家と製作者のコミュニケーションに必要な物差しにもなると思います。
物差しの種類はいくつもあり、たくさんのギターを聞き比べる事で、精度も良くなります。
しかし、その物差しで計ったいいギターは、その演奏家にとってのいいギターです。ギターは、それだけで名器ということはなく、演奏されて初めて名器になります。
いいギターと巡り会うためには、自分の感性を信じ、自分のタッチをつくり、耳を豊かにし、自分の耳で見つけるしかありません。せっかくの、本物との出会いが、すれ違いにならない為に、その楽器の性能を充分に引き出せるタッチや、音色に対する感性は大事に磨きたいものです。
演奏や楽器を、批評や評価するのは難しい事ですし、その物差しは、個人的なもので曖昧なものです。
それは、使う物差しの優先順位や、目盛りの振り方が同じではないからです。
しかし、色々な批評や評価があって、その物差しに何らかの共通性を感じられる事が、文化であるような気がします。
割れ
ギターの故障のひとつに、割れがあります。表板や裏板が割れるのはそれなりの理由があります。
同じ理由で接着はがれも起こります。木材の持つ性質を知れば、未然に防げるかもしれません。
木材は立ち木の時、地中から水分を吸い上げています。多くの水分は辺材(丸太の木口から見て、外側の年輪)を移動し、生命活動の終わっている心材(年輪の中心辺り)の含水率は、辺材より低い値を示します。
含水率とは、木材が含んでいる水分の量を表す割合で、木材が含んでいる水分の量÷全乾重量×100で表します。
全乾重量(完全に乾いた木材の重さのことですが、自然界ではありえません)と、同じ重さの水分を含んでいる場合、その木材の含水率は100%になります。辺材の含水率は200%を超えることもあります。
しかし広葉樹などは、辺材と心材の含水率の分布も色々あり、ヤチダモなどのように心材の方が多いこともあります。
また伐採の時期によっても、異なります。
伐採すると、その木が含んでいた水分は減り、乾燥が始まります。乾燥は立ち木のとき移動していた水分から抜け始めます。
この水分を自由水と言い、自由水が抜けきった時の含水率はおおよそ30%になり、この時点を繊維飽和点と言います。
残った水分は、細胞膜などに滲みこんでいる水分で、結合水と言います。この結合水が減り始めると木材が収縮していき硬くなります。
さらに長時間放置し、そのときの大気の湿度と平衝状態に達した時の含水率を平衝含水率と言います。
収縮が始まるのは、繊維飽和点を過ぎてからですが、木材は、結合水が減ることにより、細胞膜が比例的に収縮します。
しかし、収縮の度合いが木材の方向で大きく異なります。木材の長さ方向にはほとんど収縮しませんが、柾目幅(丸太の木口面の直径の長さ)で2~8%、板目幅(丸太の木口面の外周の長さ)で4~14%収縮します。
これは伐採されてから、含水率が0に至るまでの収縮率ですが、柾目と板目で倍近く違います。
仮に丸太の木口面の直径が7%収縮すると、外周は14%程収縮し、その差は7%になります。7%短くなった分は割れとなりますが、仮に一箇所に集めると、丸いケーキから一人分切り出したような状態で、時計の目盛で4.2分のところになり、かなりの量になります。
丸い物が、丸いまま乾燥しないのは、木材の方向で収縮率が違う事が原因ですが、木材の持つ大きな問題点です。
木材は丸太のまま乾燥することは稀で、製材してから乾燥します。
これは生材の方が軟らかく、製材が容易と言う事と、丸太を乾燥することによる、干割れを避けるためです。
柾目板に製材された木材の中でも、木口から見て年輪が直角に並んだものを、本柾といいます。
本柾に製材された木材は乾燥による狂いは少ないですが、年輪が斜めのものや、板目板に製材されたものは,反り、ねじれ等の変形を生じます。
これは板目幅の収縮が原因ですが、木口面から見た年輪が一周する長さが収縮するために起こります。
その収縮率は、年輪の色の薄い部分より、色の濃い部分の方が大きく、また内側より外側の方が多く収縮します。
板目板の木口に見える年輪は湾曲していますが、その年輪の色の濃い部分が大きく収縮し、曲がりを直線にしようとする方向に反ります。
この反る力は強く、反ることで引っ張られた面に、細かな割れを生じることもあります。
板の平面を保つように圧力をかけて乾燥する事である程度反りは防げますが、製材するときは、収縮や反りを考慮して目的の寸法より少し大きめに製材します。
また乾燥は空気に触れる外側から始まり、まだ乾いていない内側との間でも収縮の差が出来てしまい、差が大きいと割れにつながります。
木材の表面割れを防ぐ為には、桟積みなどで風通しをよくし、表面に触れている空気の湿度が均一になるようにします。
また、直射日光を避けたり、木口面を紙や、塗装で塞いだりして、急激な湿度の変化が起きないような工夫も必要です。
反対に、十分乾燥されている材料に、急激な湿度を与えると外側が膨張し、内部が割れることもあります。
木材を乾燥していくと、天然乾燥で含水率12~17%位になります。
そして、そのときの湿度に合わせて、含水率は変化し、木材は伸縮します。
木材は、周りの空気が乾燥すれば放湿、収縮し、周りの空気が湿気れば、吸湿、膨張します。
これはよく知られている木材の特徴ですが、湿度に関し、もうひとつ大きな特徴があります。
例えば、木材を徐々に乾燥させていき、湿度60%で平衝含水率16%になったとします。
さらに湿度を下げていくと、平衝含水率も下がります。そこから今度は加湿し湿度60%に戻しても、平衝含水率は16%にならず、少し下がります。
また、そこから湿度を下げても、加湿しながら上がってきた含水率より少し上がります。
木材は、経験した一番低い含水率より高いところでは、湿度の変化に鈍感になり、含水率の変化は小さく、伸縮も少なくなるということです。
この現象をヒステリシスといいます。
乾燥で含水率を低くするのは、ヒステリシス現象を利用し湿度の変化による、木材の伸縮や、反りや、狂いを少なくするのが目的です。
人工乾燥は、ヒステリシス現象をより有効にします。
人工乾燥には色々な方法がありますが、一般に広く行われているのは、蒸気による熱気乾燥です。
木材は暖めれば乾燥が進みますが、表面が先に熱くなり、内部が割れやすくなります。
そのため、蒸気で表面の乾燥を押さえながら、木材全体の温度を上げ、それから湿度だけを下げていきます。
他にも、真空にしたり、高周波(電子レンジみたいな物)を利用したり、色々な方法があります。
またアセチル化や、ホルマール化などの、化学処理によって木材そのものの性質を変え、吸湿性を下げる方法もあります。ギター用の木材は、薄く製材されたものが多く、人工乾燥する製作者はあまりいません。
短期間で低含水率にする人工乾燥は、木材に無理がかかり、蛋白質、糖類、樹脂、油などの含有物を、分解、抽出してしまうことになり、材質が変わることを嫌う製作者もいます。
しかし普通ギター用材は、室内で保管され、その場所はある意味、人工的な環境になります。
1階か2階か、日当たりがいいのか悪いのか、どのような建物なのか、その場所の気候どうなのか、暖房はどうしているのか、製作者によって色々です。
でも目的は同じで、木材の割れや狂いを抑えながら、なるべく低い含水率の状態を、経験させることです。
室内にある木材は、含水率8~10%位になりますが、最近の高断熱、高気密の建築では、暖房の仕方によっては、4%位まで下がることがあります。
室内の湿度は、大気の湿度に影響されますが、日本では、寒い時期に乾燥します。
関東平野では、日本海側から吹きつけた湿った空気が、雪になり、乾いた空気が流れ込みます。
異常乾燥注意報が出された日には、最低湿度は10%台になることもあります。ドアや窓の開閉により、室内の湿度は大気の湿度に近づきます。
もうひとつ、室内の湿度に影響する大きな要素に温度があります。
空気中の水分の量が同じでも、温度が上がると湿度は下がります。例えば、朝の室温が5度で湿度50%とします。
そのときの空気中の水分の量は、3.4g/立方メートルです。寒いので電気ストーブや床暖房などの水蒸気の出ない暖房で、温度を15度に上げたとします。15度の空気が含むことが出来る最大の水分量は12.8g/立方メートルですが、そのときの水分量が3.4g/立方メートルのままとすると、湿度はおおよそ27%になります。
室温を20度まで上げると、湿度は20%を切ります。実際には、台所での煮炊きや、室内の木材や人間の出す水分、ガス暖房などの水蒸気で緩和されます。
しかし、温度を上げるとかなり乾燥し、湿度は半分位まで下がる事もあり注意が必要です。
スペインの内陸はもともと雨が少なく乾燥していますが、マドリッドは夏場の最高気温が40度近くになる日もあり、かなり乾燥します。
木材を乾燥させると、含水率は下がり、収縮しますが、含水率と収縮率の関係は、ほぼ直線で、含水率1%の低下による収縮率を平均収縮率といいます。
平均収縮率は、軟らかい木材より硬い方が、柾目より板目の方がより大きくなります。
ギターの表板に使う松には色々な種類がありますが、厳密にはモミやトウヒ類を使います。木材は生きもので、育成した条件の違いによって、同じ名称の木でも材質が変化します。
産地や、その木の素性や、切り出した部位によりバラツキが多いのですが、松の柾目方向の平均収縮率を、おおよそ0.1%とします。
また、ギターの指板は黒檀ですが、縞が入ったものや、真黒なものがあり、産地も東南アジアやアフリカなど広範囲にわたります。
産地での俗称や、幾つかの輸入業者を通してきた輸入材は、その名称も曖昧なことがありますが、黒檀の柾目方向の平均収縮率を約0.3%とします。
ここで表板と指板の関係を考えてみます。20度で湿度60%の状態の平衝含水率は約11%になりますが、20度で湿度30%に下げると、平衝含水率は約6%になります。
同じ温度で湿度が30%減ると、含水率は約5%下がります。指板の12~19フレットの部分は表板と接着されています。
その部分の指板幅を60㎜とし、含水率が1%下がると、黒檀の平均収縮率は約0.3%ですから0.18mm動きます。松の平均収縮率は約0.1%ですから0.06mmになり、その差は0.12mmです。含水率が5%下がるとその差は約0.6mmになります。松と黒檀の接着面はひとつですから、お互い引っ張り合いをしているわけです。
伸縮をしているうちに黒檀の力の方が勝り、指板脇の表板が割れます。
また、ギターのボディーの下の最大幅は、松で約2mm、ローズウッドで約3mm収縮します。板目材や、湿度の変化が大きくなれば、収縮はもっと増えます。
しかし低含水率まで乾燥させれば、ヒステリシス現象により、含水率の変化は少なくなり木材の動きも少なくなります。
このままでは、ギターは1年も経たないうちに割れてしまいます。
割れを防ぐための方法として、大事なことは、木材を十分乾燥させ湿度の影響を少なくし、柾目板などの収縮率の少ない素直な板を使うことです。
また塗装することで、空気の移動を防ぎ、含水率の変化をかなり防げます。
硬い塗膜は伸縮そのものを抑える力もありますが、木材の動きについていけなくなると、塗膜割れ(クラッキング)が起こります。耐熱、対磨耗性の高い硬い塗装は艶もあり、傷もつきにくいですが、板の振動も抑え、音色に大きな影響を与えます。
指板の伸縮を防ぐのにフレットも重要な役割があります。
フレットの足には凹凸があり、黒檀に食い込むように打ち付けます。
フレットは金属で湿度変化では伸縮しませんから、黒檀の動きを抑えます。
ハイポジションでは間隔も狭くなり、かなり有効です。また、指板を塗装する製作者はあまりいませんが、油やワックスで空気の出入りを抑えることが出来ます。
表板や裏板は幅方向で伸縮します。例えば、ギターを正面から見て、湿度が増え、表板が幅方向に広がると、ギターの外周は長くなります。
ギターの外周は横板と接着されていますが、横板の長さ方向には殆ど伸縮しません。
横板は、表板や裏板の伸縮を抑える働きもあります。裏板は表板より収縮率が大きく、湿度の変化が大きいと縁飾やセンターに隙間が出来たり、縁巻のエンド部分が離れたりすることもあります。
表板や裏板の裏側には、力木や補強材が接着されています。ギターを正面から見て、サウンドホールの上には、1~2本の補強材が接着されています。
表板の木目と直角になる方向に接着された補強材は、長さ方向には殆ど伸縮しませんから、表板の幅方向の伸縮を抑えます。2本の補強材の間に、指板より少し大きめの薄い板を、木目が直角になる方向で接着することもあります。
これは接着面が広く、丈夫になり、指板の伸縮をかなり抑えます。しかし、異常に乾燥し指板の収縮の逃げ場がなくなると、指板自体が割れることもあります。
また接着剤が切れてはがれることもあります。
裏板の補強材も同じで、長さ方向では殆ど伸縮しませんから、裏板は伸縮に合わせて、膨らんだり、へこんだりを繰り返しています。
ギターは湿度の変化でたえず伸縮し、割れや、接着はがれの危険があります。
それを防ぐのは簡単で、製作者は、乾燥させた材料の中から、狂いの少ない気に入った材料を選び、演奏者は、ギターが作られた時の環境を維持すればいいわけです。
しかし、50年程前に作られたギターの殆どに、割れや、接着はがれのトラブルがあります。
日常生活の中で同じ湿度を維持するのは難しいことですし、人は湿度の変化に思いのほか鈍感です。
いつもギターを弾いている部屋の湿度を知るためには、湿度計が必要です。最近はデジタル製も安く手に入ります。
エアコンや、加湿器などで室内の湿度を調整できれば理想ですが、現実的ではありません。
普段はケースの中の湿度を管理したいものです。時々ケースの中の湿度も確認する必要があります。
ケースの中に湿度計を入れて置けば理想的です。
市販の湿度計の中には誤差が大きい物もあり、信用できる湿度計と並べて目盛を振り直しておくとより安心です。
室内の湿度はギターのサウンドホールから入り、少しずつ含水率を変化させます。
異常な湿度は例外ですが、数時間ぐらいではギターの含水率はあまり変化しません。
しかし1日となると少し心配です。弾かない時にケースに入れておけば、異常に乾燥した状態を回避できます。
また、フレットは指板の動きを抑えますが、乾燥し、黒檀の動きが大きくなると指板から飛び出します。
これをバリが出るといいますが、バリが出たら異常に乾燥していないか確認してください。
出来立てのギターの場合、フレットを打ち込んだ時の湿度より少し乾燥しても出ることがあります。
飛び出したフレットはもとの湿度に戻しても少し残ることがあり、指にあたり痛いときはバリを取ります。
フレットはギターの乾燥具合を知る大事なセンサーになります。
ただし、ギターによってはフレットが引っ込んでいることもあり、バリが出た時には指板脇が割れていることもあるので注意してください。
ギターの必需品として、湿度計をいつも一緒に持ち歩いている日本の若い演奏家がいます。
演奏旅行でホテルに入ると、まず湿度計を出し、乾燥していればバスルームのお湯などを利用し、ギターのための環境を整えるといいます。
ギターを大切にしている気持ちが伝わります。ギターにとって快適な湿度は、おおよそ45~55%位です。
でも、作られた場所はギターによって違いますから、これは大体の目安です。
弾かない時は、ケースに入れておいたほうが安心ですが、ケースの置き場も大事で、湿った押入れに入れたり、日の当たる場所に置いたりしては意味がありません。
ギターや、ケースの中や外の、湿度の状態を想像する心使いが大事だと思います。
製作者は湿度や温度を気にしながら、木材を管理しています。製作しているときも同じですが、膠の接着のときは、特に温度を気にします。
それは、低い温度では膠がゲル化してしまい、接着力が落ちてしまうからです。
トーレスは晩年アルメリアで製作しています。アルメリアは海に近く、湿った海風と乾いた山風が吹き、ト-レスは湿度管理のため自作の湿度計を使っていたそうです。
それは2枚の表板を使った簡単なものですが、今の板の状態を知るにはとても合理的な方法です。
トーレスは、家族でも仕事部屋に入れず、食事もドアの外に置かせていることもある、秘密主義者と言われていたようです。
しかし、湿度計も自作してしまうト-レスは、湿度や温度に敏感で、人の出入りを嫌った訳ではなく、ドアの開閉で、湿度や温度が変化する事を嫌っていただけのような気がします。