春の特別企画アウラコンサート

アントニオ・デ・トーレスの調べ レポート

トーレス(1867年製)と尾野薫トーレスモデル(2009年製)の弾き比べ

《当日プログラム巻頭文》

本日はお忙しい中をご来場頂き誠に有難う御座います。
さて、バルエコやラッセルが脚光を浴び始めた頃から、一世を風靡したセゴビア以前の演奏スタイルや奏法は、20世紀初頭のロマン派後期の影響を色濃く受けたすでに過去のものとみなす風潮があります。
それに伴い製作家もその新しい時代の要求に沿った、楽器の開発を目指しスモールマン、サイモン・マーティ、ダマン等枚挙に暇が無いほど多くの新進の製作家が、今までの伝統のスペインギターの製作の流れの外から排出される様になって来ました。
又、もうひとつの最近の傾向として19世紀以前の古典様式の楽器を弾く場合は、トーレス以降のいわばモダン楽器を用いずにピリオド楽器、又はそのスタイルで作った19世紀ギターによって演奏する試みが多く行われる様になって来たことはもうひとつの注目すべき最近の傾向と言えるそうです。
こうした意味で今、従来の非効率的な工法に拘り伝統的なスタイルを踏襲して製作にあたるのはもはや時代遅れとの見方があるにも拘らず、一方では頑なにその範疇を越えずに、ギターの音色の魅力を紡ぎ出そうとする製作家もいます。
こうした価値観が多様化する中で、「現代の製作家はトーレスを超えたか?」と問うては、これは実際には問題の立て方がおかしいと言うのが正解かもしれません。
本日、此処で演奏されるトーレスと、その研究者として第一人者であるロマニリョスの薫陶を受けた尾野薫の楽器は、そのかもし出す音色にはいろいろな意味で違いはあるものの、そうしたロマン派後期の印象派、或いは民族楽派の音楽を表現するには、こよなく相応しい響きを持っているものと確信しています。
どうか皆様の耳でそれを確かめ、製作家の心意気を対談で味わって頂けたらと思いこの企画を致しました。最後までご静聴頂けましたら幸いです。

本山清久

角圭司氏より(演奏)

5月24日にアウラサロンで「アントニオ・デ・トーレスの調べ」コンサートで演奏させていただきました。
使用した楽器は2本で1本はアントニオ・デ・トーレス(1867年製)、もう1本は尾野薫氏のトーレスモデル(2009年製)でした。
それぞれの楽器を弾いた印象を回想してみたいと思います。アントニオ・デ・トーレス(1867年製)は、ボディが結構小ぶりで、弦の張りも柔らかく感じました。そしてなんといっても糸巻きが木ペグ!情緒たっぷりですよね。ただギアの糸巻きと違って、慣れてなかっただけかもしれませんが、調弦での微調整が難しく、合わないときは一旦また音程を落としてからペグをもう一度巻きなおすという方法が合わせやすいと思いました。その音ですが、弦の張りが柔らかいにも関わらず、出てくる音は非常に張りがあって、甘いけれども力強さもあるといった印象でした。
尾野薫氏のギター(2009年製)は、さらにしなやかさと音のクリアーさに加え、全体的な力強さも加わり存在感のある音がしていたと感じました。ピアニシモはどんなに小さく弾いてもその音色を失うこともなく、フォルテもやはり現代の楽器らしく力強くなってくれたので、非常に弾きやすかったです。
現代の楽器はトーレスを超えたか、超えていないかと言う観点から考えると、超えたと言うよりも、時代を重ね、音楽がいろいろなスタイルを持って現れてきていることもあり、それに伴いクラシカルな曲から現代の曲まで対応の出来る「器の大きい」楽器へと柔軟に進化しているということは確実に言えると思いました。

角圭司氏


田辺雅啓氏より(尾野薫氏との対談)

まさにタレガの「バレンシアでの集い」の写真にある様なコンサートでした。
アウラサロンの定員30名の広さが幸いして、目と鼻の先、息遣いが聞こえる距離で、角圭司氏がトーレスを、尾野薫氏のトーレスモデルを奏でてくれました。
言うまでもありませんが、銘器トーレスと現代の製作家の新作を弾き比べるのは前代未聞。
2部には尾野薫氏がトーレス観を述べ、続いて私が4月にスペインで見聞してきたトーレスの新情報に触れ、そのルーツと、私自身感じるトーレスと尾野氏の共通点を探ってみました。
あまり対談に時間を割くこともできず、中休み程度の時間しか取れませんでしたが、トーレスはもちろん、皆さんが使っているギターについて、歴史や背景を知るきっかけになればと思います。
ギターの楽しみかたは様々です。演奏して音楽を楽しむことはもちろん、ギターの音そのものに愛着を感じる人もいますし、格好が好きな人もいるでしょう。中には製作や作曲をされる人もいるかもしれません。今後も、ちょっと趣向を凝らして、いろいろな形での「楽しみごと」をお伝えできたらと思いました。はるばる富山から見えた方もいて、有り難く、嬉しい限りの一日でした。

田辺雅啓氏