アンドレス・セゴヴィアは、第二次世界大戦前から1970年代にかけて活躍した大ギタリストです。 最近ではクラシックギターを弾く方でも、セゴヴィアの演奏を聞いたことがない方がふえたのではないかと思います。

現在40歳台くらいまでのギターファンにとって、セゴヴィアは本当に神様のような存在でした。 一般的には、「禁じられた遊び」のイエペスがよく知られていましたが、少し本格的にギターに関わった方は、良きにつけ悪しきにつけ、セゴヴィアを抜きにギターを語ることはできなかったのです。  彼の演奏の特徴はスケールの大きさにありました。

1000人以上の大きなホールで、ギターという音の小さな楽器をたずさえながら、彼は音の空間を支配することができました。 聴衆は、魔法にかかったように、セゴヴィアが奏でる異空間に導かれたのです。

実際、彼のテクニックは今もよくわかっていません。 とりわけ音に特徴があり、官能的で、セゴヴィア・トーンと呼ばれていました。 何とかしてあの音が出せないか、とファンは必死に研究したのです。 しかし、彼が育てたジョン・ウィリアムス、オスカー・ギリア、ホセ・トマス、アリリオ・ディアス等のギタリストは、弟子の時期にセゴヴィアの演奏スタイルを追い求めたにもかかわらず、誰もセゴヴィア・トーンを彷彿とさせるようなサウンドをもっていません。 これらのギタリスト達が、演奏スタイルにセゴヴィアの影響を残しながら、それぞれ独自のサウンドをもっていることは興味深いことです。  

セゴヴィアはたくさん録音を残し、CDは今でも簡単に入手できます。 しかし、数十年も前の録音で、当時としてもあまりよい録音状態ではありませんでしたから、ギターらしからぬ大きな音像を、録音のせいと思っていたファンも多くいたはずです。 でもそれは録音技術の問題だけではなく、彼の演奏には本質的に巨大な広がりや色彩感があったのです。 実際のコンサートを聴いてさえ、彼が本当にステージで弾いている音なのか信じられなかったと語る人もいます。  

セゴヴィアはとくに誰か先生についたわけではありませんでしたが、一代で現代的なコンサートスタイルの演奏法を確立してしまいました。 彼の先輩達の演奏は良い意味でも悪い意味でもまだサロンのものでした。 セゴヴィアはそれを一気に数千人のコンサートホールへ持ち込むことに成功したのです。  

巨匠セゴヴィアは、しかし、わがままな人でもありました。 楽譜の音を勝手に変えたり、現代では考えられないような改作をしたりしました。 リズムやテンポは歳を重ねるにつれてゆれが大きくなり、様式感を損ねるようになっていきました。 現代の若い世代のギターファンは、セゴヴィアの演奏に接したとき、「これ何!?」と顔をしかめるかもしれませんし、止めたくなるかもしれません。 でも、落ち着いて何度も聴いてみると、現代のギターがセゴヴィアのスタイルを否定したとき一緒に捨ててしまったものが聴こえてくるのではないかと思います。 セゴヴィアは、他の人がいかなる努力によってもたどり着くことができない、真に「天才」という尊称を受けるに値するギタリストだったのです。