A:「現代の製作家で、最高峰のひとりがロマニリョスであることは誰も異論がないと思います。ロマニリョスの特徴はどういう点にあると言えますか?」
B:「ジュリアン・ブリームが70年代にロマニリョスに着目してから使い続けているわけですが、そのことからもわかるように、クラシカルな響き、ヨーロッパ的な響きをもつギターと言えるでしょう。」
C:「彼自身はスペイン人で、フラメンコギターを作ったりもしていますが、根っこにあるのはトーレスにつながるクラシカルな響きと思います。繊細で、弾いてみるとちょっと華奢な音に感じられる面もあるのですが、ステージではホールの隅々まで豊かに響く遠達性を備えています。」
D:「ラベルにはMaker of Spansh Guitarとなっているけど、あまりスペイン色を感じさせる音ではない気がするな。もう少し普遍的というか、クラシカルと言うか。」
C:「ロマニリョスは、トーレス-マヌエル・ラミレス-サントス-バルベロ-アルカンヘルというスペインの伝統派の流れと直接の師弟関係はありませんが、本質的にはこの伝統に属する人でしょう。伝統技法にはとくにこだわりをもっていて、深く追求しています。」
A:「ブリームはルビオからロマニリョスに持ち変えたわけですが、両者はかなり違いますよね。」
B:「ルビオはどちらかと言えば強靱な音で、ロマニリョスの方がタッチに鋭敏です。それはブリームの80年代以降の録音を聞いてもはっきりわかります。ブリームはインタビューの中で、「爪が弱いのでちょっと触れただけで鳴るようなギターがよい」と言ったそうですから、ルビオのようなクラシカルな響きと、ルビオにはない鋭敏さを併せ持ったギターということで、ロマニリョスの作品を気に入ったのではないでしょうか。」
D:「ブリームが使ってきたのは、ハウザー一世、ブーシェ、ルビオ、ロマニリョスと変遷してきているから、どちらかというと華やかな方向へ来ているんじゃないですかね。」
B:「でも、最近はハウザー一世のタイプに回帰しているようですよ。オルディゲスと頻繁に意見交換しているようですから、そのうちにブリームはオルディゲスのハウザーモデルを使うかもしれません。」
A:「ロマニリョスはトーレスの研究家としても広く知られていますね。著書は名著として知られていますし、日本語版も出版されていますが、音づくりもトーレスを意識している面があるのでしょうか?」
D:「それは明らかですね。ハウザーも研究しているけど、音質はトーレスの影響が強いと思う。そしてスペインの製作技法にすごくこだわっています。だから講習会をやっているわけだけど。あれ、まだやってるの?」
B:「現在は、これまで使ってきた修道院の都合で開催されていないようです。彼の存在は日本人製作家にとって大変大きいと思います。自分が身につけた伝統的な技術が途絶えないように、きちんと伝えようとしてしていますから。」
D:「変わった人だけどね。そこは立派です。ところで張りは音のイメージほど弱くないのでは? 弾いているととても気持ちがいいけど。」
B:「そうですね。実際には軽くポンポン鳴る楽器ではありません。うまく鳴らすにはそれなりの技量が求められると思います。」
D:「ロマニリョスのウルフトーンは低いものもあるように感じるのだけ実際はどうなの?」
B:「ウルフが低いのはサントスの影響ですね。ロマニリョスは、基本的にはハウザー一世の設計を元にしているのですが、サントスについても深く研究しています。ただ、彼はウルフの調整をして名器が生まれるわけではないと考えていて、あまりウルフに深入りすることを嫌います。」
C:「それはアルカンヘルもそうですね。」
D:「ロマニリョスはいつだったか、G#にウルフがあるのが理想だって言ってなかったっけ?」
C:「ロマニリョスに限らずそう思っている製作家は多いと思います。ウルフトーンは必ずどこかにありますが、やはり各弦のバランスを考えると開放弦の音に一致してしまうことは避けなくてはなりません。Gより上ですと5弦にウルフが出たり、3弦そのものにかかってしまったりします。Fより下ですと6弦や4弦にウルフが出やすくなります。それでG#のあたりがいいとされることがよくあります。」
B:「ウルフトーンが強く出ない楽器もあります。元々音量・音圧が小さい楽器はウルフトーンも目立たないですね。よい楽器は、力がありながらウルフトーンをうまく散らしたり、逃がしたりしています。」
D:「そういえばラミレス本にもそんな記述があった。」
C:「製作家はコンサートスタイルのパワーを持ちながら、ウルフトーンをどこに入れるか、どうしたらバランスがとれるか、日々研究しているわけです。」
A:「以前、サントスの項でもウルフの位置について出ましたが、ウルフが低いと具体的に音にどういう影響がありますか?」
B:「ウルフトーンつまり固有振動数の位置は、楽器を特徴づけます。別に低い方が良いというわけではありません。Eに近いウルフの位置になると、1弦や6弦の開放弦に共鳴して、特に6弦が深みのある太い音になる傾向があります。高いと、多くの現代の楽器のように、輝かしい響きのコンサートギターとなります。」
C:「現代の楽器はGからA付近のウルフトーンの位置が多いため、むしろ5弦のAの音に共鳴するのが一般的です。ですからウルフの違いは低音の音質の違いとしてとらえやすいと思います。それは、20世紀前半の楽器と現代の楽器との違いでもあります。」
D:「ロマニリョスの作る楽器は、トーレスをはじめとした良き時代の面影を残した音色に特徴があって、そこが彼が守って伝えたいものなのだと思う。」
A:「確かに、時代の好みが変わっても失われて欲しくない、残っていって欲しい音ですね。」